研究実績の概要 |
本研究課題を遂行した中で得られた成果について学術雑誌Biochemical and Biophysical Research Communicationsにて社会一般広くに公表した(査読有、筆頭著者、Matsumoto S. et al., 2021 Aug 6;565:85-90.)。本論文では2種類のH-Rasがん変異体(H-RasQ61H, H-RasQ61L)の不活性型State 1のX線結晶構造を初めて決定し、得られた新規構造並びに野生型State 1の立体構造を初期構造に用いた分子動力学計算により3種間の運動性の違いを議論した。本研究における立体構造解析では、通常結晶化困難な不活性型State 1結晶を活性型State 2結晶の湿度制御を通じた相転移現象により得た点が従来のX線結晶構造解析手法と大きく異なり、これにより今まで未解明であったState 1の立体構造の決定につながった。分子動力学計算結果を野生型と比較したところ、2つの変異体では下流シグナル伝達分子の主な結合部位の1つであるSwitch IのN末端領域の運動性の上昇が観察された。またこれに加えて61番目のグルタミンがヒスチジンへ変異した場合は同じく下流シグナル伝達分子の主な結合部位のSwitch II 領域の運動性の上昇が観察され、ロイシンへ変異した場合はSwitch II領域が活性型state 2ライクな構造的特徴を持つことを明らかにした。これまでRasがん変異体の活性化メカニズムは主にGTP加水分解能欠失の観点から議論されてきた。本研究を通じて、Q61のがん変異体にはGTP加水分解能の障害に加えてこれまで知られていない追加の活性化メカニズムが存在していることが示唆された。
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