研究課題/領域番号 |
17K15111
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
上原 亮太 北海道大学, 先端生命科学研究院, 准教授 (20580020)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 倍数性 / 細胞分裂 / 中心体 |
研究実績の概要 |
ヒトの正常体細胞は父方母方の染色体を1セットずつ保有する2倍体で、合計46本の染色体を持つ。一方、多くのガン細胞は、ガン化の過程における染色体倍加、もしくは喪失により、46本を大幅に逸脱した染色体数を持つ。染色体数の大幅な増減は、紡錘体による染色体の捕捉や整列の過程に物理的影響を与えることが推測される。しかし、染色体が倍加、半減した状況でも細胞は分裂を行うことが可能であることから、紡錘体には大幅な染色体数変動に順応するための未知の分子機構が備わっている可能性が示唆される。また、ガン細胞のような染色体数異常細胞は、このような紡錘体の順応性を悪用することで異常増殖している可能性が考えられる。本研究では、染色体数異常細胞でのみ重要な機能を発揮する細胞分裂制御因子の作用機序を明らかにし、紡錘体が染色体数変動に順応性を持つ仕組みを理解するとともに、染色体数異常を伴う細胞でのみ細胞分裂を抑制する新しいガン治療戦略の基礎的知見を得ることを目指す。これまでにヒト1、2、4倍体HAP1細胞株において100以上の細胞骨格関連因子をターゲットとしたRNAiスクリーンにより、倍数性の違いにより細胞生存性および分裂制御への寄与に顕著な変化が見られる因子を探索した。その結果、分裂期中心体の成熟および中心体からの微小管形成に関与する遺伝子群の要求性が4倍体細胞で他の倍数体よりも有意に増加することを見いだした。さらに中心体からの微小管形成に関わるAuroraAやgamma-tubulinなどの因子の分裂期中心体への集積量が倍数性に比例して増加し、それに伴って中心体から形成される星状体微小管の本数も倍数性依存的に増加することを発見した。上記の結果から、細胞には染色体数の増減に応じて分裂期中心体の成熟度を変化させ、染色体数を捕捉するのに十分な数量の微小管を確保する順応メカニズムが備わっていることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度に予定していたRNAiスクリーンおよびその結果に基づくフォローアップ実験を計画どおりに実施することができた。研究計画時点では本RNAiスクリーンによって染色体と相互作用性の高い遺伝子群が染色体数依存的な要求性が変動する因子としてヒットしてくることが想定されたが、実際には予想外に、染色体と直接的関係にない中心体関連因子の要求性の変化を多く見いだした。さらにこれらの因子の倍数性(ゲノムセット数)依存的な細胞内局在を検証することで、染色体数に応じて分裂期の中心体機能を変化させる新メカニズムを突き止めることに成功した。さらに興味深いことに、この染色体数依存的な中心体機能亢進の結果、1、4倍体細胞では星状体微小管形成がそれぞれ減弱、増加されることで、分裂期終期に母子中心小体の乖離によって新しい中心小体形成の開始を可能にする「中心体ライセンシング」反応がそれぞれ遅延、加速することを見いだした。さらに詳細な解析を展開した結果、中心体ライセンシング効率の変化によって1、4倍体細胞では中心体複製サイクル全体の制御異常による中心体数異常が頻発することを発見した。上記成果は、染色体数変動に応じて細胞分裂制御を保証する新しい中心体制御メカニズムの存在を示唆するとともに、そのような順応性のトレードオフとして中心体数制御の恒常性が損なわれることを示唆している。前者のメカニズムの発見については本計画のねらい通りの成果であり、後者については当初予想しない非二倍体細胞の不安定性を説明する機構についての重要な発見であったため、全体として予想以上の成果を得たと判断される。これらの成果の一部を代表者が責任著者の学術論文にまとめJournal of Cell Biologyに掲載受理され(Yaguchi et al. 2018年4月30日オンライン掲載予定)、さらに残りの成果についても現在投稿準備中である。
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今後の研究の推進方策 |
上記スクリーンで同定した中心体因子の一部については倍数性依存的に分裂期におけるリン酸化量にも変動がでることを見いだしている。中心体成熟には種々のタンパク質キナーゼによる中心体制御因子、微小管形成因子のリン酸化調節が関与することが知られており、上記リン酸化は倍数性依存的な中心体成熟をコントロールして安定した分裂を実現するために中心的な役割を果たす可能性がある。当初の研究計画でも倍数性依存的な翻訳後修飾の変動の有無とその生理的意義を検証する予定であったことから、今後はその方針に沿ってこれらの中心体制御因子の倍数性依存的なリン酸化制御機構を分子生物学解析によって検証する。さらに、本研究の大きな目標の一つであり30年度の主要な目標である、染色体数の違いによる異常細胞の特異的攻撃を可能にするために、上記スクリーンの知見を元に、倍数性依存的に要求性が変化する経路をターゲットとした阻害化合物(50種以上)を用いたスクリーンを開始している。すでに複数の化合物について倍数性状態依存的に細胞攻撃性が変化することを見いだしており、今後はスクリーンの規模をさらに拡大するとともに、これらの化合物やRNAiの組み合わせによって、染色体数が正常な細胞への影響を最小限に留めながら染色体数に極端な異常を持つ細胞のみを効率よく攻撃、増殖抑制するトリートメントを探索する。 また、これまでに本研究のRNAiスクリーンで細胞骨格制御因子と並行して、広範な細胞現象に関わる経路の構成因子についても検証をおこなっており、脂質合成経路の因子にも倍数性依存的な要求性変動を見いだしている。今後このような細胞分裂関連以外の因子についても検証を続け、上記の薬剤スクリーンを展開することで、複数の細胞プロセスを組み合わせで攻撃することで、より効果的に異常細胞を抑制する細胞トリートメント法の樹立を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
代表者の研究室の機関内移転作業によって2018年2から3月にかけて一時的に研究活動を停止する必要が予定外に生じた。この結果当該年度の助成金使用状況に若干当初予定との差が生じ、翌年度使用額が生じた。2018年4月1日の時点で研究室移転作業は首尾よく完了し、研究活動を再開している。移転時期に行う予定であったRNAiスクリーンで同定した因子の細胞内局在解析を開始しており、そのための消耗品費として、翌年度請求助成金とあわせて当該使用額を使用している。なお、移転時期前に研究が計画よりも予想以上に進展していたため、この移転に伴う研究の遅延は生じなかった。
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