中枢神経系の細胞がたった数百しかないホヤ幼生は、行動を生み出す神経回路の形成と働きを、個々の細胞レベルで理解できる優れたモデルである。しかし、ホヤ研究の一般的な胚操作である卵膜除去が脳の発生を乱すため、幼生の脳にある細胞の数や種類は不明であり、神経回路の構成ですら未解明である。平成29年度では、開発した手法を駆使してその操作上の問題を解決し、正常な脳胞細胞の数を明らかにすることができた。また、脳胞にある4種類の神経細胞のうち、3種類(グルタミン酸作動性ニューロン、GABA・グリシン作動性ニューロン、カテコールアミン作動性ニューロン)について その細胞系譜を明らかにした。平成30年度ではまず、残り1種類(コリン作動性ニューロン)の細胞系譜を調べ、コリン作動性ニューロンが左側の神経板の細胞に由来することを明らかにした。次に、神経細胞間を移動するWGAの性質を利用して、脳胞にあるどのニューロン間で神経回路が作られるかを調べたが、WGAの神経細胞間の移動が見られず、解析することができなかった。そこで、コリン作動性ニューロンのマーカーであるVAChTの発現を免疫染色法で調べたところ、幼生の遊泳運動を制御する運動神経節のコリン作動性ニューロンが脳胞にあるコリン作動性ニューロンに向かってその軸索を伸ばしていることが示唆された。ホヤ幼生の行動は、感覚器である脳胞から運動神経節への一方通行だけでなく、運動神経節から脳胞へ何らかのシグナルが伝達されることで厳密に制御されているのだろう。
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