研究課題/領域番号 |
17K15131
|
研究機関 | 基礎生物学研究所 |
研究代表者 |
小山 宏史 基礎生物学研究所, 初期発生研究部門, 助教 (10530462)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 形態形成 / 機械的な力 / 卵管 / シミュレーション / マウス / ヒダ / パターン形成 |
研究実績の概要 |
マウスの卵管管腔上皮は、多数のヒダを形成している。これらのヒダの形態は、卵を卵巣から子宮に運ぶ際の構造的な基盤になっていると考えられている。野生型マウスでは、ヒダは卵管の走る方向(長軸方向)に沿って整然と並んでいる。一方、平面内細胞極性(PCP)関連因子の一つであるCelsr1の遺伝子変異体では、ヒダの方向性がランダムとなり、さらに、ヒダが長軸方向に多数の枝分かれを呈するなど劇的な表現型を示すことを、我々はすでに報告している。また、この遺伝子変異体は不妊である。本研究では、ヒダの3次元的な形態について、より詳細な解剖学的知見を得ると同時に、その形態的パターンが形成される機構を力学的な観点から明らかにすることを目的とした。 マウスの卵管の組織標本を作製し、ヒダの3次元的な形態を詳細に調べた。その結果、ヒダの枝分かれは、卵管の長軸方向だけでなく、卵管断面内の放射方向にも観察されることが分かった。このような枝分かれを伴うヒダは、他の管腔器官(気管、腸など)においても我々が知る限り報告例はない。卵管のような小さな管腔器官に現れる特徴的な形態の可能性がある。また、卵管1断面あたりのヒダの本数は約20本であった。 次に、ヒダの3次元的な形態的パターンが形成される仕組みを検討した。すでに、野生型とCelsr1遺伝子変異体におけるヒダの形態に関する力学的な数理モデルを構築している。しかし、これまでの数理モデルでは放射方向の枝分かれは形成されなかった。そこで、卵管の発生過程(管の成長速度)を考慮した新たな数理モデルを構築した。このモデルを用いてシミュレーションを行ったところ枝分かれが生じた。しかし一方で、ヒダの本数に生体内とは大きな食い違いが生じた。 本年度で、組織学および数理的な基盤的な技術を構築できた。今後の研究展開における重要な基礎になると考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
卵管の詳細な組織学的な知見を得ることを計画した。計画通り、発生の各ステージについての固定標本を作製し、卵管の管と上皮シートの成長の情報を取得した。また、組織切片像から、画像情報学的な方法を用いて卵管の3次元再構築像を作成することに成功した。これは当初の計画にはなかったが、ヒダの3次元構造を取得するうえで重要な進展であると考えている。一方、数理モデリングについては当初は次年度以降の計画としていた。しかし、当該年度で発生過程を考慮した新たな数理モデルの枠組みを構築することができた。実際にこの数理モデルを用いたシミュレーションによって、放射方向の枝分かれの形成機構についての示唆が得られており、大きな進展があったと考えている。また、これまでの数理モデルでは、上皮シートの性質は考慮できるが、個別の細胞の動態・性質を直接導入することは困難であった。しかし、新たな数理モデルでは、個別の細胞の動態・性質を考慮できると同時に、卵管の湾曲を考慮するなど、卵管の広範囲にわたるシミュレーションが可能になる。したがって、本数理的枠組みは、卵管にとどまらず、より大きな管腔器官への応用の可能性があり、重要な進展であると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
ヒダの放射方向の枝分かれの形成の機構を数理シミュレーションで検証する。そのために、数理モデルに取り込むパラメータを組織学的な実験から取得する。当該年度では、卵管の発生過程に伴う管と上皮シートの成長について、ラフな情報を取得することに成功した。今後は、より定量的に正確なデータを取得する。また、3次元再構築した像から、卵管の湾曲とヒダの形態の関係性についても注目しながら解析する。例えば、湾曲部位では放射方向の枝分かれが増加する可能性などを考慮している。さらに、個別の細胞の増殖速度など、細胞レベルでの知見を蓄積する。これらの情報を数理モデルのパラメータとして落とし込む。そして、どのパラメータがヒダの形態に影響するかを数理シミュレーションで検証していく。数理シミュレーションは、卵管の断面のみを考慮したシンプルな形式のみならず、卵管の湾曲を考慮した3次元的な形式までを想定して進めていく。現実をよく再現する数理シミュレーションに成功したのちは、遺伝子変異体などを利用してその妥当性を検証することを計画している。また、マウス以外の生物種についても視野に入れる。鳥類やカエルなどの卵管は、マウスと比べて非常に太い。これらの生物種の卵管でも、マウスと同様の形態のヒダが形成されているかを検証する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
卵管の組織学的知見を得る実験が当初より少ない予算で進んだこと、ならびに、個別の細胞レベルの動態の知見を得る実験を次年度に実施することに変更したことが主要な理由である。これらについて引き続き実験を行うのでそのために予算を配分する。また、マウス以外の生物種の実験について予算を配分する。
|