研究課題/領域番号 |
17K15147
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研究機関 | 大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究 |
研究代表者 |
川出 健介 大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究, 生命創成探究センター, 特任准教授 (90612086)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 細胞増殖 / アミノ酸代謝 / シロイヌナズナ / トランスオミクス解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、植物の形づくりと代謝生理を連動させる仕組みについて理解することである。これまで私たちは、細胞増殖の活性化シグナル因子ANGUSTIFOLIA3 (AN3) が、芽生えの初期ではアミノ酸プロファイルの調節に関係していることを明らかにしてきた。そしてトランスオミクス解析に取り組んだところ、AN3シグナルが破綻した場合に、ロイシン分解経路の代謝酵素をコードする一連の遺伝子群の発現が低下することや、恒常的に低酸素応答や生体異物応答が誘導されていること、などを見いだしてきた。今年度は、AN3シグナルが広範なアミノ酸代謝に関わることを示唆するメタボローム分析の結果を受けて、栽培培地中に各アミノ酸を添加して野生株とan3変異株の芽生えの成長を比較した。その結果、an3変異株は、動物においてケト原性アミノ酸と分類される、分解によりアセチルCoAへとつながるアミノ酸に高感受性を示し、野生株の芽生えより明らかに矮性になることを見いだした。また、この矮性になる表現型を詳細に観察したところ、地上部にある子葉や胚軸の成長と、地下部にある根の成長の両方が異常になっていることが分かった。さらに、興味深いことに、生体異物応答を誘導したり、細胞へ様々なストレスをかける薬剤処理をした場合、翻訳を阻害するシクロヘキシミド処理でのみ、an3変異株で見られる矮性の表現型と同様の形態異常が見られた。現時点では、ケト原性アミノ酸に対する高感受性と、シクロヘキシミドによる翻訳阻害の影響を対応付けて機能的な側面を推定することはできていない。しかし、このような生理状態についての情報は、AN3シグナルが細胞増殖とアミノ酸代謝をどのようにつないでいるのか、さらには、それがどのような機能的意義を担っているのか理解する、重要な基盤になるはずである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでan3変異株については、ロイシン処理に高感受性を示して生育阻害を起こす、という知見しか得られていなかった。しかし今年度の進展により、(1)ロイシンのみでなくケト原性アミノ酸群に特徴的に高感受性を示すことや、(2)これまで着目されてきた地上部のみならず根の成長といった地下部にも生育阻害が見られること、さらには(3)シクロヘキシミドによる翻訳阻害がアミノ酸高感受性による生育阻害と類似の表現型を誘導すること、などを明らかにすることができた。このように、これまで漠然としていたAN3による発生と代謝を連動させる仕組みについて、代謝生理の視点から多くの情報を得ることができた。 さらに、今年度はヒメツリガネゴケにおけるAN3シグナルの役割についても、興味深い知見が得られ始めた。特に、ヒメツリガネゴケにおいてAN3シグナルが破綻した場合、(1)シロイヌナズナとは異なり細胞の増殖のみならず肥大にも欠損をきたすこと、(2)アミノ酸プロファイルに顕著な異常が起きること、(3)シロイヌナズナAN3でヒメツリガネゴケにおける発生および代謝の異常を相補できること、などが分かってきた。このようにシロイヌナズナだけでなくヒメツリガネゴケにおいても研究が進展することで、発生制御および代謝調節といった複数の機能を担うシグナリングが進化の過程でどのように成立してきたのか、という非常に重要な課題にアプローチできる研究へと発展してきた。 このように、当初の計画であるシロイヌナズナを用いた研究では今後の研究の基盤となる情報を集めることができ、さらに、計画には無かったヒメツリガネゴケを用いた研究により、本研究課題がさらに面白い方向へ進行し始めた点を鑑みて、おおむね順調に進展している、と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、シロイヌナズナのAN3シグナルに着目した実験から分かってきた細胞増殖・アミノ酸プロファイル・翻訳機構の関係について、これらがどのように機能的に連動しているのか明らかにする。そのために、各種薬剤処理をした後に地上部および地下部の形態を野生株 vs an3変異株で定量的に比較する。これにより、AN3シグナルがいわゆるリボソームストレスに関係しているのか、それとも、リボソームストレスとは独立に代謝異常が翻訳機構を乱しているのか、について考察する情報を得たいと考えている。また、an3変異株がケト原性アミノ酸に特徴的に高感受性を示すことから、これらアミノ酸の分解と連結している代謝経路と、高感受性により引き起こされる成長阻害との関係についても、関連する変異株を用いた分子遺伝学的な方法や、薬剤処理による方法と、形態観察や代謝物分析を組み合わせて、十分に考察できるだけの知見を集める計画である。 また、新しく分かってきたヒメツリガネゴケにおけるAN3シグナルの役割についても精力的に進めることで、発生と代謝を連動させる仕組みの進化的な側面や、その具体的なメカニズム、機能的な意義などについて明らかにしたい。そこで、今年度に取り組んだヒメツリガネゴケ組織を用いたメタボローム分析と同じ実験条件でRNA-seq解析も行うことを計画している。これにより、AN3シグナルがどのような転写調節を介して細胞の増殖や肥大、さらにはアミノ酸プロファイルの維持に関わっているのか明らかにするための、分子レベルでの情報を得られると期待している。また、並行して、メタボローム分析で検出されたアミノ酸プロファイルの顕著な異常について、関連する代謝物の投与実験や除去実験を通じて、ヒメツリガネゴケan3変異株における代謝異常と成長抑制の関係についても検討を進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は各種アミノ酸やシクロヘキシミドを含む各種薬剤を投与して、地上部および地下部の形態を観察するといった実験を中心として進めた。用いた試薬は比較的安価であることから、消耗品にかかる費用が抑えられた。その一方で、多くのサンプルについて詳細に顕微鏡観察を行うことになり、その分だけ実験にかかる時間が増加した。このような事情から次年度使用額が生じたのだが、得られた知見をもとにRNA-seq解析を進めたり、代謝生理状態と成長を多面的に関連づけたデータを論文として成果報告するための費用として、最終年度に無駄なく執行する計画をすでに立てている。
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