Tricarboxylic acid(TCA)回路は、多くの生物の呼吸や各種炭素骨格供給など生命活動の根幹で働き、最もよく研究された代謝経路と言える。しかし、本代謝系がどのようにして成立したか、その進化的起源については未だ明らかにされていない。本研究では、TCA回路を逆回しにした炭酸固定代謝(rTCA回路)に着目し、TCA回路がrTCA回路から進化したという独自の進化モデルを提唱する。さらに本仮説の検証のため、逆進化実験という新たな手法を用いることで、進化仮説の実験的検証という通常は困難な科学的課題の達成を目指した。 本研究では還元的TCA回路中の3組6種の酵素に着目し、各組の祖先型酵素を構築した。祖先型酵素を大腸菌で異種発現させたところ、いずれの酵素種でも可溶性発現が見られた。本研究で実験対象とした3組の酵素は、複数種のサブユニットがヘテロ複合体を形成するという点で、これまで祖先型酵素構築が行われた酵素の多くと異なる。本研究手法がヘテロ複合体を形成するタンパク質にも適用可能であることも示されたと言える。また、各種カラムクロマトグラフィーでヘテロ複合体は同一の画分に溶出したことから、復元された酵素でも安定なサブユニット間相互作用が維持されることが示された。得られた祖先型酵素は、rTCA回路における複数の反応の触媒活性を示し、これは「現存のTCA回路およびrTCA回路の進化起源は、より単純な酵素構成からなる原始的rTCA回路だった」という申請者の仮説を初めて実験的に支持する結果である。祖先型酵素の結晶構造解析や変異体解析などで、多機能型酵素から個別の高活性型酵素への進化過程という、これまで実験室で再現されたことのない酵素進化の理解につながることも期待される。
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