イネ登熟期における籾への急激な転流増加に対応する「脱水機構」の謎について,新規に発見された「籾の外表面における小毛からの排水現象」に着目し,その解明を目指した. 当初の計画では,走査型電子顕微鏡による観察を微小な小毛を調査する主軸としてきたが,その鏡体内は真空環境であるため,小毛は短時間で水分を失って萎凋してしまい,生きたままの状態での反応を見ることができない等の問題があった.最終年度である3年目は,方針を一転し,大気環境で小毛を調査できるように,光学顕微鏡を用いた観察条件の構築を行った.その結果,落射蛍光システムを用いることで細胞壁のリグニンの自家蛍光を捉え,かつ顕微鏡のデジタルカメラに備わっているフォーカス合成機能を用いて凹凸のある籾表面の構造を鮮明に撮影できるようになり,小毛を構成する2つの細胞を識別できるまでの条件を確立できた.この手法によって小毛を萎凋させずに数時間にわたって観察可能となったが,小毛の上に水滴が確認されることはなかった.しかし,排水された水分が小毛表面から素早く蒸発している可能性も考えられた.そこで,登熟期の籾を油に沈めた状態で経時観察したところ,小毛が存在する位置に泡状の球体が発生し,遠心分離して得られた液体を塩化コバルト紙に滴下すると赤色を呈し,これが水であることが示された.その他,肉眼でも識別できるほど長くて太い大毛や,観察開始時にすでに萎凋していた小毛,そして登熟後期以降の小毛,これらからは水滴が発生しなかったことが確かめられ,登熟期の籾表面では萎凋していない小毛が水分を排出することが明らかとなった. この結果は,存在意義が不明であったイネの小毛が排水機能を有することを初めて示したものとして生物学的価値があり,また高温(登熟)障害耐性に繋がりうる形質の提示という農学的価値も含む.
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