北極域は地球上でも特に気温上昇が著しい地域である。気温の上昇に伴い、シベリアではタイガ林がツンドラ帯へ北上することが予想されている。樹木はその成長に必要な養分の大部分を根で共生する「外生菌根菌」から吸収しており、ツンドラ帯に樹木が侵入するためには菌根菌との共生が不可欠である。本研究では、温暖化に伴う森林の北上プロセスの解明を念頭に、シベリアのタイガ林およびタイガ-ツンドラ境界において樹木に共生する菌根菌群集、および実生の定着に寄与する菌根菌の感染源を明らかにすることを目的とした。
今年度は採取24か月後の土壌を用いて埋土胞子実験を実施した。その結果、カラマツのまったく生育していないツンドラ帯から採取した土壌から、カラマツに特異的な菌種(ヌメリイグチ属、ショウロ属)が確認された。これはツンドラ帯でもカラマツに特異的な菌種が胞子として存在していること、少なくとも2年は発芽能力を保つことを示している。しかし胞子からの感染率は低く、ツンドラ帯において菌根菌胞子がカラマツの実生定着に寄与する可能性が低いことが室内実験からは示唆された。一方で、今年度はツンドラ、森林境界、タイガ林においてさらなる菌根菌サンプリングを行った。その結果、シベリアのカラマツにはカラマツショウロが優占しており、その優占度が森林北限にかけて高くなる強い相関が見られた。また森林境界でのカラマツとツンドラ帯の低木類(カンバ、ヤナギ)で適合する菌種が複数確認された。こうした結果を総括すると、宿主特異的な菌根菌種は北限のカラマツの成長にとって重要であるものの、カラマツ実生がツンドラに定着する際には、特異的な菌種よりも幅広い宿主と共生する菌種がより寄与する可能性が考えられる。
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