砂礫底がアサリ漁場形成に果たす役割について、「物理的安定化」以外の新たな観点から評価し、その潜在効果を引き出すための科学的知見を構築することを目的として、本研究を実施した。2017年度には、アサリ貝殻色と底質色の一致による被食率低減の効果を評価するため、野外調査と室内実験を実施した。野外調査では、暗色系の砂泥底と明色系の砂底との間で、採取された稚貝の貝殻色に有意差が存在し、底質色と同系色の貝殻をもつ稚貝が多い傾向にあった。また、クサフグを捕食者として用いた室内実験の結果、貝殻色・底質色の一致によりアサリ稚貝の被食率が低下することがわかった。以上のことから、貝殻・底質色の一致がアサリ稚貝にとって視覚依存捕食者からの被食リスクの低減に与ることが示唆された。2018年度には、砂礫底が果たす足糸付着基盤としての役割に着目した野外調査を実施した。アサリの足糸形成頻度を長崎県内の潮間帯に位置する4地点で定量し、海域間で比較した結果、足糸形成頻度は体サイズの増加と肥満度(単位体積あたりの軟体部湿重量)の低下に伴い減少した。また、足糸腺(足糸の分泌に関わる器官)の組織観察の結果から、個体成長に伴う足糸形成頻度の減少が足糸腺の消失によるものではなく、個体の成長段階・栄養状態に応じた足糸形成へのエネルギー配分の変化による可能性が示唆された。2019年度には、砂礫区・カキ殻区・自然砂区にアサリ稚貝を移植し、底質間で生残率を比較する野外実験を実施した。しかし、当初計画に反して、全ての底質条件下で移植後約1ヶ月の間に、移植稚貝のほとんどが波により流出したため、目的を果たせなかった。本研究全体を通じて得られた成果より、砂礫底がもつ新たな役割が解明され、特に、従来のアサリ漁場管理で見落とされてきた“色に基づく”漁場管理という新たな視点が加えられた。
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