研究課題/領域番号 |
17K15309
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岩田 容子 東京大学, 大気海洋研究所, 講師 (60431342)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 海洋生態 / 繁殖生態 / 水産 / イカ / 繁殖特性 |
研究実績の概要 |
ヤリイカ類は南北の個体群間で、長期的な海洋環境変動に対する個体群動態の応答が異なることが知られている。そこで温帯性のケンサキイカ・冷水性のヤリイカ2種を用い、それぞれ繁殖特性の違いを南北の地域個体群間で比較することにより、個体群変動要因を明らかにすることを目的とした。 ヤリイカ成熟個体は産卵期である2017年と2018年の1-4月に青森県の漁獲個体から採集した。またケンサキイカは2018年対馬沿岸にて周年、台湾にて6月と11月に採集した。各個体の外套長・体重・生殖腺重量等を測定した。また平衡石を摘出・研磨し、日周輪を計数することにより、日齢を推定した。雌は卵巣内の卵母細胞の数・卵径頻度分布を求め、孕卵数を推定した。また輸卵管内の成熟卵数・卵径を調べた。 ケンサキイカの繁殖期はほぼ周年に渡り、成熟個体と未成熟個体が同時期に採集された。成熟個体の繁殖特性は季節・海域で大きく異なった。低緯度(台湾)の個体群は成長が早く小型で成熟し、繁殖投資が少なかったが、高緯度(対馬)の個体群は成長が遅く大型で成熟し、繁殖投資が多かった。また高緯度個体群においても温暖な時期に成長した冬期成熟個体は小型で繁殖投資が少なかった。またケンサキイカには大型ペア雄と小型スニーカー雄という雄二型がみられるが、個体群中の小型スニーカー雄の割合は地域個体群間で異なり、台湾個体群で高かった。また両個体群で晩秋から冬にかけ成熟していた雄は全て小型スニーカーであった。季節的にみられた傾向と地理的に見られた傾向は一致していたため、ケンサキイカ成熟特性の季節的・地理的な違いは、温度環境に強く依存していると考えられた。 一方、ヤリイカの繁殖期はケンサキイカに比べ短く冬から春にかけて集中しており、遅い時期に孵化した個体は小型・若齢で繁殖期後半に繁殖する傾向があったが、孕卵数などの繁殖投資パターンは早生まれ個体と違いがなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度にはケンサキイカにおいて日本と台湾の地域個体群間比較のみならず、当初の予定にはなかったが対馬で周年にわたり標本を採集したことにより、季節的な違いを明確に示すことができた。このことにより、温暖な時期に成長した個体は小型で成熟し繁殖投資が少ない、小型スニーカー雄が多いといった季節変化のパターンが、地域群間で比較した場合の南方の個体群にみられる傾向と等しいことを明らかにした。これは水温環境の重要性を強調する結果である。これを踏まえ、今後の焦点を詳細な成長履歴解析と経験環境推定に絞ることができた。 一方、ヤリイカにおいては当初南部個体群として島根県からも成熟個体の採集を予定していたが、安定した漁獲がなく、初年度には十分な数の標本の入手ができなかった。2019年以降に再度採集を試みるが、もし入手が困難であった場合は、2005-2008年に青森で採集した標本・データを詳細に解析することで、繁殖特性と海洋環境条件との関係を年代間比較により検証する。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に引き続き、ヤリイカにおいては漁獲個体の買い付けと解剖によりデータを収集する。特にこれまでに十分な標本を得られていない日本海南部の個体群の標本採集に注力する。ケンサキイカにおいては、成長率や成熟サイズ、雄二型などの繁殖特性が地理的・季節的に大きく変化することが明らかとなった。そこでこのような傾向が単年のものではなく、例年みられるものであるかどうか確認するため、引き続き30年度も対馬においては周年、台湾では繁殖期のピークである6月と11月に採集を行う。また、初年度の平衡石の分析は輪紋数(日齢)から孵化時期を推定するのに留まっていたが、今後個体ごとに輪紋間隔を用いた成長履歴解析を行い、生活史における成熟サイズを決定する重要な時期を明らかにする。また時期をさかのぼり、そのような重要な時期の海洋環境データと照らし合わせることにより、海洋条件が沿岸性イカ類の生活史形質に与える影響を明らかにする。 また、レーザーアブレーションICP-MSを用いて平衡石の微量元素分析を行い、成長率や成熟特性の異なる季節・地域間で経験環境がどのように異なるかを検証する。特に初年度に得られた結果より、ケンサキイカでは温度環境に関連して繁殖特性が大きく変化している可能性が強く示唆されたため、その点に着目し分析を進める。またヤリイカでは分布・産卵場所は時期によって浅深移動すること、北方の個体群より南方の個体群の方が深い場所で産卵することが知られている。このように好適な水温を求めて産卵場所を移動することにより、季節や地域によって異なる環境条件の差を緩和している可能性が考えられる。そこで平衡石微量元素分析から、孵化した場所をはじめとした生活史における経験水温を推定する。
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