研究実績の概要 |
本研究は、近赤外光を用い、生体内における糖の異性体比を測定することを目的としている。これを達成するために、まずはより単純な系である溶液において、糖の異性体の波形パターンを解析する必要がある。そこで、1-1. 単糖の構造と近赤外光の波形パターンとの相関関係を解析した。単糖類や多くの二糖類は溶液中で、α型とβ型の2つの構造異性体の平衡状態になる。例えば、グルコースでは、どちらの異性体を溶解させても、2時間ほどで平衡点(α型:β型=38:62)に達する。純粋溶液中の糖の異性体の比は、旋光度によって定量できるため、近赤外光と旋光度を同時に測定することにより、時間と共に変化する異性体比と近赤外スペクトルとの相関関係を解析した。結果、偏最小二乗回帰により、1,100-1,800 nmの波長領域において、1,742 nmの吸光度が最も旋光度の回帰に有効であることを見出した。また、ベースライン補正により、1,742 nmの吸光度が旋光度と非常に高い相関を示すことも明らかにした。この波長の吸光度は、生体中の異性体比の測定におけるよい候補と考えられる。次に、1-2. 生体様条件下でのグルコース水溶液のスペクトルの安定性を調べた。温度・pH・イオン強度などにより平衡到達時間や平衡溶液中の異性体比が変化することが知られている。そこで、まず、純粋溶液だけではなく、生体のような溶液条件においても、1-1で見出した1,742 nmの吸光度が有効であるかを検証した。その結果、この吸光度は、純水中だけでなく、PBS溶液中(pH 7.2, 299 mOsm/kg)や、37℃でも安定して旋光度との相関を示した。このことから、1,742 nmの吸光度は生体のような条件であっても有効であることがわかった[Tanaka et.al., Carbohydr. Res. (2018) in press]。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究では、溶解直後と平衡点における比較を行うに留まっていたが、旋光度計の導入により、旋光度と近赤外光スペクトルの同時測定が可能になった。これにより、溶液中の異性体比の変化に伴うスペクトルの変化を偏最小二乗法により捉えることができた。この結果、1,742 nmにおける吸光度が旋光度(異性体比)の回帰に最も寄与度が高いことが示された。また、この波長における吸光度は単独でも旋光度と非常に高い相関を示し、かつ、イオンの存在や温度変化にも安定であることがわかった。このことから、1,742 nmの吸光度は、生体中の異性体比を測定する上で、非常によい候補であると考えられる。以上の結果をまとめ、Carbohydrate Researchに投稿した[Tanaka et.al., Carbohydr. Res. (2018) in press]。 また、現在、近赤外光スペクトルにおけるピークを詳細に帰属するため、重水素を用いた測定に取り組んでいる。A) すべてのCH基の水素を重水素に置換したもの、B) 一位炭素に結合した水素を重水素に置換したもの、C) 環外の-CHCH2OH基の水素を重水素に置換したものを用いることで、1,742 nmの吸光が分子のどの部分に由来するかが明らかになることが期待される。
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