研究課題/領域番号 |
17K15387
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
福永 航也 国立研究開発法人理化学研究所, 生命医科学研究センター, 研究員 (50506722)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 牛 / 黄色ブドウ球菌性乳房炎 / ゲノムワイド関連解析 / ホルスタイン / 慢性感染 |
研究実績の概要 |
本課題は、全ゲノムSNP解析を用いて黄色ブドウ球菌性乳房炎における感受性遺伝子をホルスタイン種において同定することを目的としている。罹患歴のある牛120頭からゲノムDNAと乳汁を採取した。乳汁を羊血液寒天培地に塗布し黄色ブドウ球菌の慢性感染群、検出されなかった牛を治癒群と判定した。牛のSNPアレイを用いてこれらのゲノムDNAの53,417SNPsをジェノタイプした。全ゲノム関連解析を施行したところBTA7およびBTA26上のSNPが有意に関連していることを明らかにした。特にBTA26上のバリアントは長鎖脂肪酸に特異的なアシルCoA合成酵素であるACSL5の3' 非翻訳領域上のバリアントでありACSL5のmRNAの発現量を調整している可能性が示唆された。同定された2つの変異を用いてリスク予測モデルを構築したところ一定数の慢性感染のリスクを予測することができた。これらの結果から黄色ブドウ球菌感染の慢性化にはACSL5を介した脂質代謝異常を誘発し易感染を誘発していることが明らかになった。 黄色ブドウ球菌の慢性感染は治療薬であるβラクタム系抗生物質の効果が低い可能性があるため前述の120頭のゲノムDNAを用いてβラクタム系抗生物質の輸送に関わるPEPT1のSLC15A1遺伝子のエクソン領域のターゲットシークエンシングを行った。シークエンシングの結果から野生型と2つのアリルが検出された。野生型のリコンビナントタンパク質を強制発現させた培養細胞系を構築し10種類のβラクタム系抗生物質の輸送活性を測定したところ1つの薬剤以外はほとんど輸送されなかった。 SNPアレイの結果と1000 Bull Genomes Projectの結果と合わせて主成分分析(PCA)を行ったところ北海道内でランダムに収集されたホルスタイン種にもかかわらず3つのサブグループに分類されることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題は、黄色ブドウ球菌性乳房炎における感受性遺伝子をホルスタイン種において同定するために全ゲノムSNP解析を行うことが研究の大半を占める。当初の目標頭数のゲノムDNAを採取することに成功した。研究費の範囲内でジェノタイピングできるすべてのゲノムDNAをすでにジェノタイピングしているため進捗状況としては適切である。また、それらのすべての牛のフェノタイプ情報を判定するに至った。これらのデータと1000 Bull Genomes Projectのホルスタイン種の結果を用いて全ゲノムインピュテーションを行った。インピュテーションされたバリアントをターゲットシークエンシングで確認したところほとんどのバリアント結果が不一致であった。そのためインピュテーションの参照パネルである1000 Bull Genomes Projectの全ゲノムシークエンシングのfastqを独自に再解析したところdepthが殆ど5 以下であった。これにより正確なphasingが行われていないため高密度及び高精度なハプロタイプブロックを構築していなかったことを明らかにした。そのためホルスタイン種の全ゲノムインピュテーションパネルの精度には改善の余地があることが示された。 また牛のβラクタム系抗菌剤を輸送するPEPT1の輸送活性における知見は全く得られていなかったため、これらの情報を用いてアリルごとに群分けした牛の薬物治療の可能性を提案することができる。
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今後の研究の推進方策 |
得られた成果は学術誌に順次投稿していく。主にホルスタイン種の黄色ブドウ球菌の慢性化に関わる遺伝子を同定したこと、牛のβラクタム系抗菌剤はPEPT1によって一部が輸送されること及びホルスタイン種は3つのサブグループに分けられこれらの遺伝的背景は大幅に異なっていることの3点を報告する。 また、1000 Bull Genomes Projectの全ゲノムシークエンシングのlow depthによる全ゲノムインピュテーションパネルの不整備はホルスタイン種の遺伝学研究の大幅な遅延を引き起こすためインピュテーションパネルの整備が急務の課題であることが明らかになった。 さらにこの黄色ブドウ球菌の感染の慢性化に関わる遺伝子としてACSL5は新規であるためそのメカニズムを今後解明していく必要がある。これは生産獣医療だけではなく、近年も度々耐性化が問題となっているヒトの黄色ブドウ球菌の感染防除のメカニズムの解明につながる可能性がある。この感染防除の観点からSLC15A1のβラクタム系抗菌剤の輸送活性がアリル間で異なるという情報は非常に有益であり、今後の牛の薬物治療における適切な群管理に応用できる。 本課題では黄色ブドウ球菌の慢性化においてすべての要因を明らかにはできなかった。これは本研究では牛の遺伝的要因を探索したが、慢性感染を誘発する黄色ブドウ球菌とそれ以外の菌の遺伝的背景が異なる可能性は検討しておらず、今後検討していく必要性が明らかになった。
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