研究課題/領域番号 |
17K15411
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
石川 寿樹 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (20598247)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | スフィンゴ脂質 / 糖鎖 / 糖転移酵素 / 膜マイクロドメイン / サリチル酸 |
研究実績の概要 |
スフィンゴ脂質は生体膜上にマクロドメインと呼ばれる分子集合領域を形成し、種々の膜機能の発現に寄与している。これはスフィンゴ脂質のユニークな化学構造に依存するが、植物で独自に発達した分子構造、とりわけ膜表面に露出する糖鎖構造の生物学的意義については知見が少ない。本研究課題では、スフィンゴリピドミクスによる糖鎖構造分析技術を基盤として、植物型スフィンゴ脂質糖鎖の形成に関わる新規糖転移酵素を同定し、その改変系統の作出と解析を行った。シロイヌナズナにおいて同定した2種類のスフィンゴ脂質特異的糖転移酵素のうち、種子特異的に発現しヘキソサミン型糖鎖を形成するGINT1について、欠損変異体で種子が増大し、また発芽時のアブシシン酸感受性が低下する表現型を見出し、Plant Physiology誌に発表した。さらに、油糧作物を含む多数の植物種のスフィンゴリピドミクス解析の結果、幾つかの植物はシロイヌナズナと同様の糖鎖構造パターンを示すことが明らかとなった。そのうち、シロイヌナズナと近縁なアブラナ科の油糧作物カメリナについて、GINT1相同因子のRNAi法による抑制およびゲノム編集による破壊系統の作出に着手した。また、先に報告したもうひとつの糖転移酵素を欠損するgmt1変異体について、サリチル酸が高レベルに蓄積し、病原関連遺伝子群の恒常的な高発現がその致死的な表現型の要因となっていることが示唆された。そこでgmt1変異体にサリチル酸分解酵素NahGを導入したところ、サリチル酸誘導性遺伝子の発現レベルは野生型以下まで低下し、実生致死性がほぼ完全に回復したことから、gmt1のこの表現型は蓄積したサリチル酸による二次的な表現型であることが明らかとなった。一方、NahG導入gmt1個体では依然として矮性や稔性の低下が認められ、これらはサリチル酸に依存しない糖鎖欠損の一次的な表現型であると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
シロイヌナズナで種子特異的に発現するGINT1の欠損が、種子を肥大させ貯蔵油脂を増大させることに着目し、同様の糖鎖パターンをもつ植物種の探索を行った。100種程度の植物種について、地上部および種子のスフィンゴリピドミクス解析を行い、アブラナ科やキク科の実用作物種に同様の糖鎖構造を有するものを発見した。これらはGINT1を利用した種子バイオマスの増大が可能であると期待される。このうち、シロイヌナズナと最も近縁かつ遺伝子組換え法が確立されている実用作物であるカメリナに着目し、GINT1相同因子の発現抑制またはゲノム編集系統の作出に着手した。 一方、重篤な生育異常の表現型を示すgmt1変異体について、その分子機能の解明を目指して、生体膜マイクロドメインへの影響を解析することを試みた。しかしながら本変異体はほとんど生育しないまま早期に枯死に至るため、マイクロドメインの生化学的単離が極めて困難であり、また不稔性を示すためマイクロドメインの蛍光マーカー導入系統の作出および解析も困難であった。そこで、gmt1では病原応答ホルモンであるサリチル酸が蓄積していることに着目し、その影響を取り除くためにサリチル酸分解酵素NahGの高発現系統と交配した。得られたNahG導入gmt1個体では、実生致死性が劇的に回復した。RT-PCR解析の結果、gmt1変異体ではサリチル酸誘導性遺伝子群の恒常的な高発現が認められたが、これらはNahGの導入により野生型と同等かそれ以下まで低下していた。地上部の生育は依然として矮性を示したが、gmt1変異体と比べると飛躍的に改善していた。今後この系統を用いることで、蓄積したサリチル酸による二次的な応答を除外し、さらに生化学的解析を行うための植物試料を得ることが可能になると考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
カメリナゲノムに存在する3つのGINT1オルソログのすべてを対象として、既に技術が確立されている種子特異的RNAi法による発現抑制と、ゲノム編集技術による機能破壊を並行して進めている。今後、得られた系統についてスフィンゴリピドミクス解析による特徴づけを行うとともに、種子肥大の表現型がシロイヌナズナ以外の植物種でも再現できるか検証する。さらに、種子の大きさが拡大するgint1変異体の特性を生かすため、その内部に同時に蓄積する貯蔵タンパク質の欠損変異と、油脂合成酵素の種子特異的高発現による油脂蓄積量の増大を組み合わせた新たな油脂高生産植物の作出技術の開発を目指す予定である。また、種子サイズに異常をきたした既知シロイヌナズナ変異体を用いた遺伝学的解析を行い、種子肥大のメカニズムを明らかにしていく予定である。 gmt1変異体については、その生育不全から当初計画していたマイクロドメインの解析を思うように進めることができなかった。しかしながら、致死性の原因がサリチル酸にあることを突き止め、NahGの導入により生育を大きく改善することに成功した。この植物の表現型をさらに詳細に解析することで、サリチル酸による二次的な影響を除外し、スフィンゴ脂質糖鎖の直接的な分子機能に迫ることができると期待される。また植物体の生育が著しく改善したことで、マイクロドメインの生化学的解析や、多数のマイクロドメインマーカーラインとの交配も可能になると考えられ、植物型スフィンゴ脂質糖鎖の具体的な分子機能を明らかにするためのツールとして今後の活用が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究対象としたシロイヌナズナ変異体の成長が極めて悪く、予定していた生化学的解析やマーカーラインとの交配系統を用いた解析を行うことができなかった。しかしながら、致死的な表現型の原因となる植物ホルモンの異常蓄積を見い出し、その分解酵素の導入により生育を劇的に改善することに成功した。この系統を用いて上述の解析を行うため、研究計画を1年延長する。
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