研究実績の概要 |
アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子の多くはミクログリアに発現している。ミクログリアはアミロイドβ(Aβ)の蓄積に対して集簇し、性質を変化させることが知られているが、病態形成における意義については不明の点が多い。そこで本研究では、遺伝学的リスク因子のひとつであり、ミクログリアに強く発現するINPP5Dがアルツハイマー病の発症機序に果たす役割を明らかにすることを目的としている。Aβの蓄積病態を示すアルツハイマー病モデルマウスとInpp5d欠損マウスとを交配したマウスにおいては、Aβの蓄積の程度には有意な変化がなかったが、Aβ斑の周囲に集簇するミクログリアの数が増加していた。また、神経障害性の指標と考えられるリン酸化タウの発現量が軽度ではあるが増加していた。これらの結果は、INPP5DがAβ斑の周囲におけるミクログリアの増殖、神経障害性発揮を負に制御している可能性を示唆した。一方で、Aβ斑の周囲でミクログリアが増加するという表現型は、ADの発症と関連するある受容体分子の欠損マウスの示す表現型とちょうど逆の関係にある。これらの分子間に相互作用のある可能性を検証するため、2重欠損マウスの作出を開始した。今後、その表現型を解析することによりINPP5Dのシグナル伝達経路について新たな洞察が得られる可能性がある。 さらに、INPP5Dは細胞内セカンドメッセンジャーのひとつPI(3,4,5)P3の脱リン酸化酵素であり、Inpp5d欠損マウスではPI(3,4,5)P3によるシグナル経路が変化していると考えられる。PI(3,4,5)P3の量、分布の変化を詳細に解析するため、脂質を特異的に認識する脂質結合プローブをミクログリアに発現させる実験系の開発を進める予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Aβの蓄積病態を示すアルツハイマー病モデルマウスとInpp5d欠損マウスとの交配に関しては、Inpp5dホモ欠損マウスが約2ヶ月齢で致死となるため、ヘテロ欠損マウスについて解析を行った。予備的な検討を行い、ミクログリアが4-6ヶ月齢の時点からAβ斑に集簇し始めることを確認した。そこでまず6ヶ月齢の時点において生化学的・免疫組織化学的な解析を行った。免疫染色の画像データを自動定量化する手法を確立し、Aβの蓄積の程度には有意な変化がないこと、またAβ斑の周囲に集簇しているミクログリアの数が増加していることを突き止めた。Inpp5d欠損マウスから単離した初代培養ミクログリアについても細胞の増殖が亢進していることを見出しており、細胞数の増加はミクログリアの自律的な機序によるものである可能性が高い。次に、Aβ斑周囲におけるミクログリア数の増加が神経細胞に与える影響を調べるため、各種の神経変性関連タンパク質の発現についての生化学的解析を行い、リン酸化タウの発現量が増加していることを見出した。Aβ斑の周囲でミクログリアが増加する表現型は、ADの発症と関連するある受容体分子の欠損マウスの示す表現型とちょうど逆の関係にあるため、これらの分子間に相互作用のある可能性がある。そこで、これらノックアウトマウスの交配を始めた。 さらに、INPP5DはセカンドメッセンジャーであるPI(3,4,5)P3を脱リン酸化し、PI(3,4)P2を産生する。これら脂質に対する蛍光レポータータンパク質をミクログリアに発現させることにより、それぞれの細胞内局在を詳細に解析することを計画している。この目的のため、ミクログリアへの遺伝子導入に最適化されたアデノ随伴ウイルスベクターを応用するべくその条件検討を行っている。
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