研究実績の概要 |
皮膚の恒常性は,多種多様な脂質分子のバランスによって絶妙に制御されており,その破綻によりアトピー性皮膚炎や角化症などの皮膚疾患の発症につながると考えられる。皮膚疾患の原因を探るためには,発症に至るプロセスにおいてどのような脂質代謝系に異常を生じるか明確にする必要があるが,これまでの研究では疾患発症後の脂質組成のみが解析されてきた。そこで本研究は,皮膚恒常性の変化に伴う脂質プロファイルの変化を経時的且つ網羅的に解析することで,皮膚恒常性の変化と脂質バランスの変化との相互関係を包括的に理解することを目的とした。 研究戦略としては,LC-MS/MS を用いた網羅的リピドミクスの系をアトピー性皮膚炎自然発症モデル Spade (J Clin Invest. 2016, 126(6)) に適用し,皮膚炎の発症過程における脂質代謝変化を包括的に捉えた。Spade は,Jak1 遺伝子の点変異により Jak1 が恒常的に活性化することで,約8週齢でアトピー性皮膚炎を自然発症するモデルマウスである。Spadeの皮膚サンプル(耳)を用いてリピドミクス解析を行った結果,皮膚炎症状発症前の4週齢において,ある特定のセラミド分子種 (NDSセラミド)とその前駆体であるジヒドロスフィンゴシンが野生型の1/5以下に減少していることを見出した。また,6週齢において,アラキドン酸やエイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸がそれぞれジヒドロキシ化された代謝物である 8,15-diHETE,8,15-diHEPE,10,17-diHDHAが3倍以上に増加していることを明らかにした。Spade ではアトピー症状発症前から皮膚バリア機能低下や顆粒球浸潤,知覚神経の伸長といった異常が確認されており,こうした皮膚の異常に寄与し得る脂質代謝異常を見出すことに成功した。
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