研究課題
最近我々は、培養細胞がメチル水銀に曝されると細胞外に強力な細胞増殖抑制因子(非蛋白質)が放出されることを見出した。そこで本研究では、メチル水銀で処理した培養細胞外に放出される細胞増殖抑制因子 (MICF) を同定し、その細胞増殖抑制機構の解明を目指している。初年である本年度では、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞から放出されるMICFの特定を目指し、その分離と同定を行った。これまでは、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞の培養倍地を採取していたが、夾雑物が多く分析が困難であった。そこで先ず、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞を洗浄後、HBSSで培養することでMICFを溶出させ、本溶液をODSカラムに通し、フロースルー画分をゲルろ過により分離した結果、分子量200-300付近の画分に細胞増殖抑制作用が認められた。そこで、本画分をLC/MSにより分析し、データベース解析した結果、メチル水銀で増加した6種類の化合物が検出され、その中で哺乳動物の細胞から産生される物質として、4-hydroperoxynonenal (4-HPNE) が同定された。4-HPNEは脂質の過酸化に伴い産生される分子であり、細胞内で4-hydroxynonenal (4-HNE) となり、蛋白質への共有結合を介して細胞傷害に関与することが知られている。そこで、細胞に4-HNEを処理するとメチル水銀の毒性が有意に増加したことから、MICFの一部である可能性が考えられる。4-HPNE以外にもメチル水銀で増加する物質が存在したことから、次年度では更なるMICFの分離と同定を進める。また、4-HPNEの細胞増殖抑制作用を検討し、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞での4-HPNE産生量、および4-HPNEとメチル水銀毒性との関わりを検討する。
2: おおむね順調に進展している
MICFをゲルろ過カラムにより分離後、LC/MSによる解析を行い、MICF候補分子の特定に成功した。しかし予想外なことに、メチル水銀処理により多数の分子の放出が促進されることも明らかとなり、次年度では更なる絞り込みが必要であると考えられる。MICF候補分子として同定した4-HPNEは、活性酸素種による脂質の過酸化により産生される分子である。メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞の酸化ストレスを検討したところ、ミトコンドリアから活性酸素種の産生が亢進したことから、メチル水銀によるミトコンドリア傷害が4-HPNEの増加に寄与している可能性が考えられる。また、メチル水銀を投与することで神経症状を呈したマウスの血清をマウス神経幹細胞の培養倍地に添加すると、細胞死を誘導することを明らかにした。このことから、マウス個体においてもメチル水銀によってMICFの放出が促進されている可能性があり、個体においてメチル水銀による神経障害との関連を調べる上で非常に重要な知見であると思われる。MICF候補分子が多数存在することが示唆され、その内の一つである4-HPNEの定量法およびMICFとしての活性は検討中であるものの、その取り掛かりとなる結果を得られたことから、本研究は概ね順調に進展しているが一部に遅れがあると判断できる。
1. 4-HPNE以外のMICF候補分子の同定:昨年度の検討から、多数のMICF候補分子の存在が示唆されているが、その同定には至っていない。そこで、本年度は複数の性質の異なるカラムを用いることでMICFの分離を行い、LC/MSによる分子の特定を試みる。2. 4-HPNEの定量化と産生機構:メチル水銀がミトコンドリア傷害を惹起することで産生された活性酸素種が4-HPNEの産生亢進に関わると予想される。そこで、ミトコンドリアに起因する活性酸素消去剤がメチル水銀による4-HPNEの産生に与える影響ついて検討を行う。また、細胞外に放出される4-HPNEの定量分析系を構築し、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞およびメチル水銀投与マウスの脳内および血清中においてその産生量を検討する。3. 4-HPNEによる細胞傷害機構:4-HPNEは細胞内で4-ヒドロキシノネナール (4-HNE) に変化し、蛋白質のシステイン残基と共有結合修飾することでその毒性を発揮すると考えられる。そこで、メチル水銀で処理したマウス神経幹細胞において細胞内蛋白質の4-HNEによる修飾が起こるか、4-HNEに対する抗体を用いて検討する。
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