研究実績の概要 |
本研究は, レドックス活性を有するキノン体 (AhQs) によるレドックスシグナル伝達機序および当該シグナル制御におけるパーイオウやポリイオウのような高求核性イオウ化合物の関与の有無を明らかとし, 毒性学や予防医学において高求核性イオウ化合物の重要性を提示することを目的とした. これまで, ヒト上皮様細胞癌由来細胞株 (A431細胞)において,AhQsのモデル化合物である9,10-フェナントラキノン (9,10-PQ) のレドックスサイクルにより産生されたH2O2がPTP1Bへの酸化修飾を介して,PTP1B/EGFRシグナルを活性化することを示した. 本成果を受け,H30年度は,本シグナルの活性化が9,10-PQの細胞毒性等に関与するか否か,EGFR阻害剤を用いて検討したところ,EGFRシグナルは低濃度の9,10-PQ曝露による細胞増殖の亢進および毒性の発現に寄与していることが明らかとなった. また,1) 高求核性イオウ化合物のモデル化合物であるNa2S2,Na2S3もしくはNa2S4と9,10-PQとの相互作用および2) 当該イオウ化合物によるPTP1BのCys残基のS-sulfhydryl化についても検討した. その結果,1) 高求核性イオウ化合物は9,10-PQのような電子受容体に対して電子供与体として働くこと,および2) PTP1BのS-sulfhydryl化は過剰なH2O2による過酸化からタンパク質を保護することが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H30年度は,個体における9,10-PQによるPTP1B/EGFRシグナル活性化および9,10-PQによる当該シグナル活性化における高求核性イオウ化合物の役割に関する検討を計画していた.9,10-PQと高求核性イオウ化合物との相互作用に関して良好な結果が得られたために,計画を変更し,個体を用いた検討よりも優先して行った. 9,10-PQ依存的PTP1B/EGFRシグナルの活性化は,9,10-PQ曝露で見られる細胞生存率の亢進および細胞毒性の発現に関与することが示唆された.先行研究で,ヒト肺胞基底上皮腺癌由来A549細胞において,9,10-PQの細胞毒性を二価鉄のキレーターである1,10-フェナントロリン (OPT) が有意に抑制したことから,9,10-PQは生成したH2O2と二価鉄とのフェントン反応を介してヒドロキシルラジカル生成することが示唆された.そこで,OPTもしくはヒドロキシルラジカル消去剤であるチオ尿素を前処理すると,9,10-PQ曝露による毒性が有意に抑制された.現在,9,10-PQ曝露による毒性等における鉄の関与を詳細に検討している. また,高求核性イオウ化合物によるPTP1BのS-sulfhydryl化は,-SSHおよび-SSOnH (n = 1-3) の可逆性から,イオウを介したレドックスシグナル伝達,もしくは過剰な酸化修飾から本タンパク質を保護する役割を有することが示唆された (投稿準備中). さらに,現在までに,高求核性イオウ化合物のモデルとして用いたNa2S2,Na2S3,もしくはNa2S4は本研究課題の中心的な環境中キノン体である9,10-PQだけでなく,ビタミンK3,コエンザイムQ10もしくはピロロキノリンキノンのような電子受容体に対して電子供与体として働くことが明らかとなった. これらの成果から,本研究はおおむね順調に進展しているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
細胞で見られた9,10-PQ曝露によるEGFRの活性化が個体においても見られるか検討する. また,H30年度の内容から9,10-PQによる細胞毒性はレドックスサイクルによるROSの産生だけでなく,鉄結合タンパク質からの鉄の遊離など,産生したROSに起因した二次的な作用も関与する結果を得た.そこで,当初計画していた内容に加え,9,10-PQ曝露によるPTP1B/EGFRシグナルの活性化および毒性における鉄の関与を詳細に検討し,9,10-PQの曝露濃度を変えることによりH2O2や鉄に起因する毒性を引き起こす誘導剤として、使用できる可能性があることを示していく予定である.
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