本研究では、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸による脂肪毒性の発現の違いや共通性を生み出す分子を明らかにする。平成29年度では、トランス脂肪酸の存在下で分化させた脂肪細胞で、インスリン刺激による糖の取り込みが低下し、その際に糖の取り込みにおいて中心的な役割を担う分子の活性化が抑制されることを見出した。一方、飽和脂肪酸の存在下で分化させた脂肪細胞では、インスリンに応答した糖の取り込みが低下するものの、この分子の活性化は抑制されていないことを明らかにし、この分子がトランス脂肪酸による脂肪毒性に関わる分子であることを示した。 平成30年度では、トランス脂肪酸がどのような機序で活性化を抑制しているのかを明らかにする目的で、この分子の上流のシグナル分子について調べた。本研究で標的としている分子を活性化する酵素のリン酸化や複合体形成の度合い、細胞膜での活性化の足場となるリン脂質を生成する酵素の活性について調べたが、トランス脂肪酸の存在下で分化させた細胞とコントロール細胞とで同程度であった。ところが興味深いことに、トランス脂肪酸の存在下で分化させた細胞では、インスリンで刺激した際の標的分子の細胞膜への集積が低下していた。一方、このような変化は、飽和脂肪酸の存在下で分化させた細胞では見られなかった。これらの結果と、昨年度明らかにした結果とを考え合わせると、トランス脂肪酸は、細胞膜リン脂質の量や割合を変化させて膜の状態を変えることで、標的分子の細胞膜への集積を妨げ、インスリンに応答した糖の取り込みを低下させる可能性がある。しかし、細胞膜リン脂質の変化と標的分子の細胞膜への集積低下との因果関係は示せておらず、今後の追加検討が必要である。また、飽和脂肪酸の存在下で分化させた脂肪細胞での糖の取り込みの低下に関わる分子は明らかに出来ておらず、候補分子の探索などの研究を継続する必要がある。
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