研究課題/領域番号 |
17K15567
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研究機関 | 大分大学 |
研究代表者 |
粂 慎一郎 大分大学, 医学部, 助教 (90794579)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | イオンチャネル / hERGチャネル / 構造機能連関 / 分子生物学 / 電気生理学 |
研究実績の概要 |
電位作動性カリウムチャネルであるhERGチャネルは、その特徴的な遅い脱活性化がヒト心臓の生理機能に重要な役割を果たし、その機能不全はQT延長症候群の原因として知られる。このチャネルは4量体として機能し、各サブユニットのC末端細胞内領域に存在するCリンカードメイン(CLD)と環状ヌクレオチド結合相同ドメイン(CNBHD)が、両者間で2つの静電相互作用を形成している。 申請者はこれまでに、変異導入による静電相互作用の消失が、遅い脱活性化を加速させることを見出した。本研究ではこれら2つの静電相互作用について、①サブユニット間・内のどちらで形成されるか、②正常な機能を維持するために必要な個数はいくつか、また、③チャネルの開・閉状態に依存した構造変化に関与するかの解明を目指し、当年度は③に関するFRET解析を使用した実験・解析を行った。 この実験では、CNBHDの下流に蛍光タンパク質YFPを、N末端細胞内ドメインに同じくCFPを融合させた変異体を作製し、CLD-CNBHD間の静電相互作用の有無による構造変化を、FRET強度の変化として測定・解析した。その結果、変異導入による静電相互作用の消失は、FRET強度を著しく低下させた。これは、静電相互作用の消失によりCNBHDを含むC末端細胞内ドメインに構造変化が生じ、CNBHD とN末端細胞内ドメインの間に存在するドメイン間相互作用に変化が生じたことを示す。すなわち、この構造変化が遅い脱活性化を加速させる原因である可能性を示唆する。一方、この手法を応用し、膜電位の違いによる構造変化を解析した結果、膜電位の変化に伴うFRET強度の変化は観察されなかった。このことから、CNBHDとN末端細胞内ドメイン間の相互作用は、膜電位の変化に依存して構造変化しないことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、hERGチャネルの遅い脱活性化の制御機構について、C末端細胞内領域に存在する2つのCLD-CNBHD間静電相互作用に焦点を当て、4量体を形成した際、①サブユニット間・内のどちらで形成されるか、②正常な機能を維持するために必要な個数はいくつか、また、③チャネルの開・閉状態に依存した構造変化に関与するかを明らかにするため、その解析を計画した。 前年度は、このうち①と②の解析を行い、①2つの静電相互作用はいずれも同一サブユニット内で形成されること、また、②脱活性化の速度は各静電相互作用の個数の減少に依存して加速し、正常な機能の維持には4つのサブユニット全てに静電相互作用が存在する必要があることを見出した。 当年度では、③の解析を行ったが、申請時に計画していたシステイン架橋形成実験では、十分な成果が得られなかった。 CNBHDはN末端細胞内ドメインとも相互作用し、このドメイン間相互作用も遅い脱活性化の制御機構に重要であることが知られている。そのため、CLD-CNBHD間静電相互作用の消失が、CNBHD-N末端細胞内ドメイン間相互作用の崩壊を引き起こし、それにより脱活性化が加速している可能性も考えられる。そこで、本研究はこの可能性を確認するため、N末端細胞内ドメインを含む分子全体の構造変化を観察でき、膜電位変化の実験にも応用できる方法としてFRET解析を採用する計画に移行した。その結果、「研究実績の概要」に記載したような成果を得ることができた。当年度の結果は、前年度の①、②の結果と共に論文にまとめ、『The Journal of Physiology』誌に投稿し、掲載された。 以上のように、申請時から計画していた各種の実験については該当年度内で完了することができ、また、研究成果の学術雑誌への発表を実現することができたため、本研究計画はおおむね順調に進展していると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画を通じて、hERGチャネルのC末端細胞内領域に存在する2つのCLD-CNBHD間静電相互作用に関する多くの知見が得られた。すなわち、①いずれも同一サブユニット内で形成されること、②脱活性化の速度は各静電相互作用の個数の減少に依存して加速し、正常な機能の維持には4つのサブユニット全てに静電相互作用が存在する必要があること、また、③変異導入による静電相互作用の消失によりC末端細胞内ドメインに構造変化が生じ、N末端細胞内ドメインとの間で形成されるドメイン間相互作用に影響することを見出すことができた。また、FRET解析の応用から、CNBHDとN末端細胞内ドメイン間の相互作用は、膜電位の変化に依存して構造変化しないことも明らかになった。 これらの結果から、hERGチャネルのC末端細胞内ドメインは、N末端細胞内ドメインとの相互作用を介して遅い脱活性化の制御機構に関与し、他のドメインが構造変化するための「足場」の様な役割を果たしており、また、2つのCLD-CNBHD間静電相互作用の存在は、その「足場」構造の強度維持に役立っている可能性が示唆される。このようなhERGチャネル独自のC末端細胞内ドメインの役割を考慮すると、その周辺に位置する細胞内ドメインがチャネルの開・閉状態に依存して構造変化している可能性が考えられる。N末端細胞内ドメインに加え、電位センサードメインに直接結合しているS4-S5リンカードメインや、チャネルゲートに直接結合しているCLDの前半部分もその候補として挙げられる。 これらの周辺ドメインの関係性や開・閉状態に依存した構造変化をより詳しく解析することにより、hERGチャネルの遅い脱活性化に関する更なる知見が得られると期待できる。そこで本研究では、今後の推進方策としてこれらの周辺ドメインに焦点を当て、その構造機能連関の解明に向けて尽力したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
交付期間中である平成29年度の12月に所属機関の移動があり、これまでのアフリカツメガエルの卵母細胞を用いた実験方法(二電極膜電位固定法)から、新しく培養細胞を用いた実験方法(パッチクランプ法)へ、主たる実験方法の変更が必要になった。それに伴い、これまでの手法で得られた結果の再現性の確認と、それに続く追加実験、および、計画の移行に伴い発展した各種の実験を遂行するため、新しい実験方法で用いる培養細胞を取り寄せることとなった。しかし、平成30年7月豪雨の影響から、輸送時にほとんどの細胞が死んでしまうトラブルが発生した。その後、再び培養細胞を取り寄せたが、研究計画に4ヶ月程度の遅延が発生してしまった。以上の理由から、一部の研究計画については本年度内での完了が困難になり、延長した計画で使用する予定であった消耗品購入費の次年度持ち越しが必要となったため、補助事業期間延長承認申請を行い、次年度使用額が生じることとなった。 次年度使用額については、上述の培養細胞を用いた実験方法で必要となる消耗品(液体培地や抗生物質などの試薬類、シャーレなどの実験器具)の購入に使用し、延長した計画の遂行に努める。
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