トキソプラズマは宿主免疫系を抑制することで多種多様な細胞に感染し、ヒトを含む多くの生物に不顕性感染することが知られている。近年、トキソプラズマの終宿主である猫が愛玩動物としてより身近になってきたことや、ヒト・野生動物・愛玩動物の生活空間の重なりの増加および食生活の多様化に伴い、トキソプラズマに感染する機会が増えつつある。また、実際に妊婦への感染による先天的トキソプラズマ症の症例数も増加傾向にあることから、トキソプラズマの研究が注目されてきている。これまでトキソプラズマの研究は主に、モデル生物であるマウスを用いて行われてきており、マウス生体内における宿主-病原体相互作用は徐々に明らかとなってきている。一方、ヒトの細胞内における病原体排除機構および免疫回避機構は未だほとんど明らかとなっていないが、ヒトとマウスでは宿主免疫応答やトキソプラズマの生存戦略が一部異なることが徐々に明らかとなってきている。そこで本研究は、ヒトの細胞内においてIFNγ依存的な抗トキソプラズマ応答に関与する宿主因子の同定と、その宿主因子を標的とするトキソプラズマ病原因子の特定を行なった。まず、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術によって、様々なIFNγ誘導性遺伝子を欠損したヒト細胞を作成し、抗トキソプラズマ応答の比較解析を行なった。その結果、ヒト細胞内においては、トルプトファン分解酵素の一つであるIDO1が抗トキソプラズマ応答に重要であることを明らかとした。次に、トキソプラズマはTgISTやGRA15と呼ばれる病原因子を用いてIDO1の機能を阻害していることを明らかとし、さらに、既存の化合物(AGEs阻害剤)を用いることで、トキソプラズマ病原性因子GRA15の機能を阻害することも示した。これらの結果は、トキソプラズマ症の発症機序の解明や、新規の創薬開発にもつながる重要な発見であると考えられる。
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