研究課題
自閉性障害(ASD)を含む発達障害は遺伝的な疾患と考えられるが、病因解明から治療法探索に至るまで克服すべき点が多い。近年の臨床遺伝学的な解析の結果、1000を越える発達障害原因遺伝子(候補)が報告されてきたが、ハイスループットな解析手法が無いこともあり、細胞生物学的な病態機能解析は非常に遅れている。一方申請者らは独自に構築した“発達障害病態関連遺伝子解析バッテリー”を駆使した包括的な解析により、これらの「遺伝子異常が蛋白質レベルの異常を介して神経機能の異常を引き起こす分子メカニズム」の解明を行っている。本研究では、臨床グループとの連携で見出されたASDの新規病態関連遺伝子候補であるCOPS7A(核内タンパク質複合体であるシグナロソーム構成分子)、およびPER3(時計遺伝子)が、病態形成に果たす役割を上記の“発達障害病態関連遺伝子解析バッテリー”を用いて包括的に解析し、未知のASD分子病態メカニズムの一端を解明することを目的とした。COPS7Aは進化の過程で高度に保存され、様々な生命現象に関与していることが知られているが、作用機構に関しては殆ど明らかにされていない。最近になって、ASD患者死後脳を用いた網羅的mRNA発現解析で顕著な発現減少が報告されたため、本研究ではRNAi技術を用いて発生期のマウス大脳皮質で発現抑制することで擬似的疾患状態を再現し、解析を行った。一方で共同研究によりASD患者でPER3遺伝子にアミノ酸置換を伴うミスセンス変異(p.R366Q)があることを見出しており、この変異は3種のin silico解析でも病態形成に寄与することが確実視されている。従って本研究では変異体レスキュー(遺伝子を発現抑制した上で変異体p.R366Qを強制発現すること)で病態を模倣し、解析を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
COPS7AおよびPER3に関して“発達障害病態関連遺伝子解析バッテリー”を用いた解析の基礎的な部分がほぼ終了している。来年度に予定していたライブイメージングや発達期の神経細胞の形態解析等の実験を今年度中に終了できた。通常時間を要するベクター構築やin utero electropolationの条件検討がスムーズに進行したためである。COPS7Aは、市販抗体を用いた解析により発生段階の比較的早い時期からマウス大脳に発現していることが明らかとなり、脳領域ごとの発現量の差は特に見られなかった。In utero electroporationにより発現抑制を行なった結果、神経細胞移動障害および軸索伸長阻害などを引き起こすことが明らかとなり、それはRNAi抵抗性COPS7A発現ベクターの共発現によりほぼ完全に回復した。In vitroにおいても同様に発現抑制およびレスキューを行い、同様の結果を得た。しかし、現時点でCOPS7Aの作用機構が殆ど明らかとなっておらずターゲット分子が不明であるため、病態形成機構の解明までには至っていない。一方、PER3に関しては、適切な抗体が存在しないため、発現状態の検討を行う事ができなかった。In vivoおよびin vitroでの発現抑制により神経細胞移動や軸索伸長阻害が引き起こされた。ここにRNAi抵抗性発現ベクター(野生型または変異型)を共発現させたところ、野生型PER3が神経細胞の局在異常をレスキューする条件で、PER3(p.R366Q)がレスキュー能を有しないことが明らかとなった。
COPS7Aに関しては、神経幹細胞の増殖(細胞周期)に及ぼす影響を検討し、病態形成に至る作用機序解明に挑みたい。PER3に関しては患者で見出された変異p.R366QがPER3蛋白安定性に関与するドメインに存在することから、蛋白安定性への影響を検討し、病態形成への影響を考察する。さらに、大脳皮質にPER3-RNAiベクターを発現させた成体雄マウスの行動や学習への影響をcontrol-RNAiベクターを同様に発現させたマウスと比較して解析する。
発現ベクター構築や細胞培養器具、妊娠マウス購入等に充てる予定だったが、実験計画が予想以上に進行したため。生物学的な解析のための種々の抗体購入、ベクター作成および培養器具等購入に使用し、さらに行動実験のための動物作成に使用する妊娠マウス購入費用に充てる。
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http://www.inst-hsc.jp/d-molecular/index.html