近年、ヒストンのエピジェネティック修飾が、核クロマチンの構造変化に関与し、これが遺伝子発現の制御機構として働くことが注目を集めている。慢性心不全における病理学的ストレスに対する反応として生じる心筋リモデリングや心機能異常では、このヒストンのエピジェネティック修飾が重要な役割を果たしており、splicing factor 3B unit 1 (SF3B1)を初めとするいくつかのタンパク質が心筋の病理学的な変化と関連することがマウスを用いた実験、あるいは少数のヒト左室心筋で示されている。 本研究では、先天性心疾患を有し、予定心内修復術に際して右室心筋切除を行った症例において、切除した右室心筋を抗SF3B1抗体を用いて免疫組織染色を行い、その発現の程度を評価し、術前の心機能の指標を含む臨床的所見との比較検討を行った。SF3B1の発現の程度は、その強度と頻度を加味したスコア(H-score)を0-300の連続した値で算出した。 対象となった症例は、ファロー四徴症を初めとする先天性心疾患で、乳児期から幼児期に初回心内修復術を行った約30例と、成人期に再手術介入を要した約10例、および青年期までに再手術介入を行った約10例であった。病態が大幅に異なるため、それぞれの群ごとに検討を行った。後2群は、症例数が10例程度と少なく、傾向や統計学的な検討は現時点では困難であった。初回心内修復術を行った約30例においては、術前から左室駆出率の低下した症例を認めない中で、H-scoreの発現の程度と、術前の左室拡張末期圧上昇、右室拡張末期容積の増大、血清BNP上昇などといった、術前の心負荷の強さあるいは心不全の程度と有意に関連した。H-scoreの発現が亢進していた症例・そうでない症例、いずれも短期的な術後左室駆出率は保たれていた。将来的な心機能との関連については経年的フォローが必要であると考えられた。
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