異型腺腫様過形成(AAH)は、肺胞II型上皮細胞あるいは細気管支線毛上皮細胞(クララ細胞)類似の細胞からなる腫瘍であり、肺末梢の限局性病変である。IASLC/ATS/ERS 腺癌分類で、AAHはadenocarcinoma in situ(AIS)とともに前浸潤病変として分類され、微小浸潤腺癌、浸潤癌へ進展していくとされている。AAHで特異的に発現し、癌化の過程に直接的に関わる遺伝子変異は明らかにされていない。AAH発生の機序を解明することは、肺腺癌発症の機序を明確化し、新たな肺癌治療を考案するのみならず肺癌予防医学にも多大な貢献が期待できる。申請者は、肺腺癌の癌化に関わる遺伝子変異を明らかにし、新たな肺癌治療を考案することを目的にし研究を開始した。既知の肺癌のドライバー遺伝子変異(KrasG12VやdelEGFR)に加え、近年、EGF/RasシグナルとWntシグナルの下流に存在し、肺癌の増殖や遊走能に関わるとされる低分子量G蛋白質ADP-ribosylation factor (ARF)-like 4c(Arl4c)に注目した。不死化した正常ヒト微小気管支上皮細胞(SAEC)へKrasG12Vと共にArl4cを導入すると、リン酸化のERKのシグナルを亢進させ、その増殖能を高める結果を得たことを明らかにした。また肺切除標本より抽出したAAHを有する症例に対してArl4c抗体で免疫染色した結果、28例中22例(79%)と高率に陽性である結果が得られた。これらのことから、肺腺癌発生の初期過程であるAAHの単クローン性増殖の病態には、Arl4cが重要な役割をもつ可能性が示唆された。一方で、Arl4cの腫瘍形成能を確認するために、上記遺伝子導入後のSAECを免疫不全マウスの皮下へ接種した腫瘍形成は認めず、Arl4cの造腫瘍能までは確認することができなかった。
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