研究実績の概要 |
悪性黒色腫はメラニン産生能をもつメラノサイトから発生する悪性腫瘍である. 皮膚や口腔粘膜上皮に発生し, 早期に周囲組織に浸潤し, 転移しやすく悪性度が高い. 口腔粘膜に発生する悪性黒色腫は皮膚のものと比べ予後不良であるが, 発症頻度が全悪性黒色腫10%前後と低いため研究があまり進んでいない. 一方でメラノサイトではEMT (Epithelial-Mesenchymal Transition; 上皮間葉移行)に関与する転写因子の発現が見られるだけでなく, 進行した悪性黒色腫ではEMT様の現象が観察されている. EMTは上皮性のがん細胞が運動性の高い間葉系細胞の性質を獲得し, 周囲組織に浸潤・転移しやすくなった状態である. またEMTを起こした細胞はapoptosisに抵抗性を示すことが報告されており, EMTを制御することは新しい悪性黒色腫の治療戦略になると考えられる. ヒト悪性黒色腫では正常な表皮メラノサイトよりもBMPやBMP受容体の発現が増加し, さらにBMPは悪性黒色腫細胞のmatrix metalloproteinase(MMP)を活性化して, 細胞の移動や浸潤を促進することも報告されている. よって悪性黒色腫は自身でBMPを分泌し浸潤・転移能を制御していると考えられる。 悪性黒色腫だけでなく口腔粘膜に発生する悪性腫瘍は解剖学的に近接するため比較的早期に顎骨に浸潤しやすい。悪性腫瘍が顎骨浸潤すると骨の切除が広範囲になるため予後は非常に悪くなる. そのため, 口腔癌治療においては, いかに顎骨浸潤を制御するかが重要な課題となる. そこで本研究ではマウス悪性黒色腫細胞株B16細胞を用いて, 悪性黒色腫細胞のEMT, 浸潤能, さらにはin vivoにおける顎骨浸潤におけるBMPシグナルの役割を検討した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
BMP2やBMP4でマウス悪性黒色腫株B16を処理したところ, 間葉系細胞用形態に変化した. さらにALK3の構成的活性型受容体遺伝子(Ca ALK3)を過剰発現してBMPシグナルを活性化した細胞も同様に間葉系細胞様形態に変化したが, LDN-193189で処理すると細胞の形態変化を誘導しなかった. すなわち, BMPシグナルは悪性黒色腫B16細胞の形態を間葉系細胞用形態に変化させた. 次にBMP2処理をして形態変化したB16細胞のE-cadherin, N-cadherin, Vimentin, およびSnailのmRNAを定量した. するとE-cadherinの発現レベルが低下したのに対し, 間葉系細胞マーカーの発現が上昇した. すなわち, BMPシグナルによるB16細胞のEMTを誘導し, 形態変化を引き起こすことがわかった. 同じくBMP処理でEMTを誘導したB16細胞では, ゼラチンコートを破り浸潤する細胞数が増加することがわかった . またMMP9の発現を検討したところ, BMP処理したB16細胞ではMMP9のmRNAおよびタンパク量が増加し, さらにゼラチンザイモグラフィーアッセイからMMP9の活性も上昇していた. すなわち, BMPシグナルはMMP9の発現を上昇し, その結果, 浸潤能が亢進すると考えられる. 最後にBMPシグナルが構成的に活性化するCa ALK3を過剰発現したB16細胞 (CaALK3 stable clone) を作製し, 咬筋部へ接種したマウスではControl細胞(Mock)を接種したマウスと比較して形成した腫瘍の体積が大きく, さらにμCT画像から顎骨・頬骨の破壊の程度も大きいことが分った . すなわちBMPシグナルが活性化した悪性黒色腫は大きな腫瘍を形成し, 顎骨への浸潤・破壊能が高まると考えられた.
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今後の研究の推進方策 |
今回, マウス悪性黒色腫細胞株B16細胞を用いて, BMPシグナルが細胞のEMTを引き起こして浸潤能を獲得した結果, 顎骨・頬骨の破壊が亢進することが明らかとなった. 本研究において, コントロール細胞だけでなく浸潤能が亢進したBMPシグナル亢進細胞(B16 -Ca ALK3) 接種群でも肺に転移巣形成などの異常所見は認められなかった. 我々の実験系では咬筋部に細胞を接種するため腫瘍が増大すると食餌摂取が不可能となり3週間程度の生存が限界であった. 肺への転移を形成するためには3週間より長く飼育しなければならない可能性があり, この実験モデルの限界であると考える. そのため, 今後がんの血行性転移の実験で頻用される左心室への細胞投与モデルを使用して悪性黒色腫の遠隔転移におけるBMPシグナルの役割を検討していきたい. また本年度実施予定であったマウス悪性黒色腫浸潤モデルの疼痛評価を行い、研究成果報告を行う予定である.
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