形状記憶合金であるニッケルチタン(以下Ni-Tiと略記)は安定した超弾性および形状記憶という特性を有することに加え、形状回復温度を体温付近に設定できるため生体内での使用が可能である。そのため、卓越した生体材料として多岐に渡って利用されており、その使用領域は今もなお拡大している。しかしながら、ニッケルを含有することに起因するアレルギー性、発癌性、耐食性の低下が問題となる研究報告がある。特に、近年のフッ化物配合歯磨剤やフッ化物洗口の普及により、フッ化物含有環境下でのNi-Ti合金の耐食性低下に関する報告がなされるようになってきている。私たちはニッケルなどの生体為害性の高い元素を含まず、生体材料としての実績があり、生体安全性の高い金属元素から構成される新規超弾性形状記憶合金Ti-Mo-Sn-Zr合金(以下TMSZと略記)を開発し、チタンと同等の生体適合性を有することを明らかにしてきた。(Nunome et al. J of Biomater Appl. 2015) そこで本研究では、TMSZの材料特性評価を実施した。TMSZおよび純チタンおよびNi-Tiの3合金を試料、人工唾液および洗口液を試料溶液として用い、フッ化物含有環境下での耐食性を検討した。アノード分極試験において、900ppmフッ化物洗口液中ではTMSZの方がNi-Tiと比較し耐食性が高い傾向が認められた。また、表面構造分析の結果、900ppmフッ化物洗口液中のNi-Tiにおいては孔食像が認められたのに対し、同液においてのTMSZでは明らかな腐食像は認められなかった。機械的特性の評価では、Ni-Tiに匹敵する優れた超弾性特性が認められた。TMSZ合金は、Tiに匹敵する生体適合性、およびNi-Ti以上の耐食性を有することから、医療用材料として有用であることが示唆された。
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