高山帯では、冬季の強い季節風と複雑な地形を反映した不均一な積雪分布によって、雪解け時期の時空間的なずれが生じ、風衝地や雪田など多様な生育環境が形成される。従来の研究から、こうした多様な環境は、高山植物の形質進化と多様性の保持に貢献していることが明らかになりつつある。本研究では、積雪分布の空間的不均一性が高山植物の遺伝的多様性や空間構造、形質変異に与える影響の解明を目的とした。 2019年度は、北海道大雪山系化雲平・ヒサゴ沼地域に設定した調査区(約225 ha)において、前年度までに葉を採取した対象植物5種(ミヤマキンバイ、エゾコザクラ、ミヤマリンドウ、ヨツバシオガマ、ハクサンボウフウ)合計2631個体のうち、未解析であった1671個体分についてDNAを抽出し、マイクロサテライトマーカー各20遺伝子座について次世代シーケンサー(Illumina MiSeq)による塩基配列解読を完了した。得られたシーケンスデータについて、本研究で新たに開発したPythonパッケージ「massgenotyping」によるジェノタイピングを進めている。これに加え、衛星画像を用いた調査区内の雪解け時期の数値化を進めており、遺伝子型情報とあわせて解析することで、雪解け時期の不均一性が植物の空間遺伝構造に与える影響を明らかにすることが可能である。 また、上記調査区において、植物の生育期間を通して計9回の野外調査を実施し、雪解け傾度に沿って、対象植物の開花個体の形態測定を行った。その結果、いずれの植物種でも雪解け時期が極端に早い地点あるいは遅い地点では、開花個体が小型化し花数が減少することが明らかとなった。現在進めている共通圃場での栽培実験の結果とあわせて、雪解け時期の不均一性が植物の形質進化に与える影響の解明が期待できる。
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