研究課題/領域番号 |
17K17672
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
馬場 行広 東京大学, 医科学研究所, 特任研究員 (40581418)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 網膜 / 遺伝子導入 / 再生 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、網膜変性疾患に対する根本治療を確立するために、網膜再生の原理を応用した新規治療方法を開発することである。近年、細胞移植による治療を目指して、虹彩上皮細胞、線維芽細胞、あるいは多能性幹細胞から視細胞、網膜色素上皮、網膜神経節細胞へと分化誘導することがin vitroのレベルで試みられている。しかし、視覚機能の回復、細胞の安全性、およびコストの面で多くの課題があり、根本的な治療法として確立されていない。一方、脳の研究の分野では、生体内で遺伝子導入によってダイレクトリプログラミングを引き起こし、グリアから神経細胞が生み出されることが報告され、生体内ダイレクトリプログラミングによる遺伝子治療に期待が高まっている。 このような学術的背景から、申請者らはゼブラフィッシュの網膜再生で得られた知見をマウスに応用し、遺伝子導入による網膜再生誘導の可能性を検証し、再生による網膜変性疾患の新規治療法を確立するための基盤研究を行っている。これまでに行なってきたスクリーニングの結果から、Ascl1とNICD3の組み合わせによる多重遺伝子導入がミュラーグリアの増殖を強く誘導していることを見出した。さらにSox4を加えることにより、網膜神経節細胞のような特徴を示す細胞が観察された。本研究の具体的な目的は、Ascl1、NICD3、Sox4遺伝子導入細胞が網膜神経節細胞であるのかを同定すること、網膜変性モデルにおいて機能的であるのかまでを明らかにすることである。また、網膜の各神経細胞に生み出すために必要な要因を探索し、網膜視細胞、網膜神経節細胞などの神経細胞を特異的に生み出すことが可能なのかを検討することで、網膜変性疾患ごとの新規治療方法の開発に結び付けたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究計画として、①Ascl1、NICD3、Sox4の多重遺伝子導入によってミュラーグリア細胞が網膜神経節細胞へと分化しているのかを明らかにする、②網膜変性モデルマウスを用いて、網膜神経節細胞としての機能を評価する、③網膜変性疾患ごとの新規治療法の開発するために、Ascl1、NICD3に細胞種特異的な転写因子を組み合わせた遺伝子導入を行い、視細胞や双極細胞への選択的なダイレクトリプログラミングが起こるのかを検討する、といった3つの項目を設定し、平成29年度では①および③の研究を進めてきた。 平成29年度の予定していた実験計画①では、Ascl1、NICD3、Sox4遺伝子導入細胞が網膜神経節細胞へと分化しているのかを定性するために、免疫組織化学染色を用いて評価した。EGFPで標識した遺伝子導入細胞での網膜神経節細胞マーカーであるBrn3aの発現を調べたところ、EGFP、Brn3a二重陽性細胞が観察されたことから、Ascl1、NICD3、Sox4によって網膜神経節細胞への分化が誘導されるといった結果を得た。しかし、その分化誘導効率は著しく低かったため、予定していた遺伝子発現解析や電気生理学的手法を用いた解析を行うには困難な状況であった。今後の課題として、分化誘導効率を上げる取り組みが必要である。 実験計画③では、Ascl1、NICD3に細胞種特異的転写因子を加えて、視細胞や双極細胞への選択的な分化誘導が起きるのかを検討した。視細胞特異的転写因子Crxをクローニングした後に、Ascl1、NICD3と共に遺伝子導入実験を行った結果、錐体細胞マーカーであるRXRgの発現誘導が見られたが、成熟錐体細胞マーカーであるArr3の発現は認められなかった。この結果から、成熟した錐体細胞への分化にはCrxは充分ではなく、他の因子が必要であることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度に行う実験として実験計画②の網膜変性モデルマウスを用いて、遺伝子導入細胞の網膜神経節細胞としての機能を評価することを予定していたが、平成29年度に実施した実験計画①の結果で、Ascl1、NICD3、Sox4による網膜神経節細胞への分化誘導効率が著しく低かったため、平成30年度ではその分化誘導効率を上げることを目的として実験を遂行する。DNAのメチル化やヒストン修飾の状態を制御することで分化誘導効率が上昇する可能性があるので、メチル基転移酵素Dnmt1,2、DNA脱メチル化酵素Tet3、あるいはヒストン脱メチル化酵素Jaridの阻害剤を用いて検討を行う。 また、実験計画③では、Crxの遺伝子導入では、成熟錐体細胞への分化に不十分であったことから、平成30年度では他の因子に注目して実験を行う。具体的な実験は、Neurod1、Prdm1などの視細胞分化を制御する転写因子を加えて視細胞に分化するのか、あるいはChx10、Otx2などの転写因子を加えて双極細胞に分化するのかを免疫染色で確認する。Chx10、Otx2はクローニングを終えている状況なので、速やかに解析できる準備が整っている。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度の実験結果をふまえて、予定していた実験を行うことが困難な状況にあったために一部の実験は中断し、平成30年度に実験を繰り越すことに予定を変更した。そのため、平成30年度の実験では、想定どおりに結果が得られなかった実験の対応をした後に、平成29年度に予定していた実験を遂行する。
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