研究課題/領域番号 |
17K17677
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
井上 茂樹 東京大学, カブリ数物連携宇宙研究機構, 特任研究員 (80791053)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 銀河動力学 / 力学解析 / 暗黒物質 / 矮小銀河 |
研究実績の概要 |
本研究の最初の目的であったN体力学モデルの構築を行う計算コードの開発は完了した。しかし、それを実際の矮小銀河を想定した模擬的な実験へ適用した際には、これまで想定していなかった問題も多くみられた。例えば、実際の銀河においては中心部分に多くの観測点(位置や速度の測定がなされた星)が集中しており、外縁部においては観測点が少ない。一方で、私の開発した計算コードは系の扁平率や対称軸の方向を決定するために、外縁部の情報が重要となる。外縁部においても十分な情報を持たせるために、計算中に使用する全体のN体粒子の数を増やす必要があるが、そうすると必然的に必要とされる計算時間も増大してしまう。実際、意味のある計算を行うためには、1度の計算の実行に2週間程度も要してしまい、それによって実験的なテスト計算すら自由に実行できない状況になってしまった。元々計算の簡素化によって並列計算の効率化を図ることを意図したコード設計であったが、それゆえさらなる高速化は大変難しい状況にある。その理由により、予定よりも研究実施期間を1年延長することとした。コードの開発や上記の困難の解決法、新たな研究方針の模索を引き続き行う。 上記の困難もあって、少し研究の方向を変え、既存の計算コードを用いて同様に矮小銀河の力学的解析の研究を行った。近年話題となったNGC1052-DF2という銀河があるが、この銀河は先行研究の力学解析の結果、暗黒物質をほとんど持たない銀河であると注目されている。我々は、先行研究の力学解析の手法の問題点について論じ、より仮定の少ない方法を用いて計算することで、先行研究の求めた銀河質量が大きく過小評価されている可能性を指摘した。先行研究の結果を直接的に否定するものではないが、もし我々の計算が正しいとすると、NGC1052-DF2は一般的な矮小銀河と同じ、暗黒物質が支配的に存在する銀河となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究実績にも述べたように、計算コードの開発は順調に完了したと言えるが、実際的な状況の計算に適用するには、想像以上の計算規模が必要であることが判明した。これまでは、計算に用いるN体粒子の数を数百万粒子程度と見積もっており、その想定では計算コードのパフォーマンスも満足のいくものであった。 しかし、本研究の目的であった、矮小銀河の暗黒物質の分布形状を決定する上で、非軸対称性や軸方向の決定には、当初の想定よりも非常に大きな数のN体粒子が必要であることが分かった。おそらく、上記の100万体を遥かに超えて、1000万体規模の計算が必要であると考えられる。そうした大規模な計算自体は実行可能ではあるのだが、テスト計算を一回実行するだけでも2週間程度を要してしまう。また、計算の性質上、多数のパラメータを用いており、それらの最適化のために、多数回のテスト計算の実行が必要不可欠である。現状の計算コードでは、こうしたパラメータ最適化の行程すら達成はままならない。 計算規模を抑えて、少数のN体粒子でテスト計算を実行したところ、銀河の質量と球対称的に平均化した暗黒物質の密度プロファイルを決定することには成功している。そのため、計算コード自体にはおそらく問題はなく、方法論的な方向性は間違っていないと思われる。しかし、質量と平均化した密度プロファイルの決定は、従来の簡単な平衡系を仮定した解析的手法でも同様に得られるものであり、従来法を超えた結果には到達できていないのが現状である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の本研究の方策としては、現状のコード開発を進めつつ、現状の計算コードでも十分な成果が得られると期待できる新たなテーマを探すことを考えている。 コード自体の計算速度の向上は、すでにやりつくした感があり、大きな性能向上はあまり見込めないと思われる。しかし、これまで矮小銀河の従来の観測を想定し、2次元的な星の位置と視線方向速度の情報を使用して計算する方法を取っていたが、近年新たな位置天文学衛星Gaiaの運用が開始され、低精度ながらも視線垂直方向の速度に関しても観測データが得られている。こうした情報を加味して計算すれば、視線方向速度のみを使用した場合よりも制限量を増やすことが可能になり、結果的に必要なN体粒子の数を減らすことができるのではないかと期待している。 また、矮小銀河は比較的太陽系からは離れた位置に存在する暗い天体であり、そのため観測的な制限も多い。しかし、太陽系近傍の星団であれば、視線方向以外の速度情報も得られるという利点がある。暗黒物質は存在しないと思われているが、系の重力ポテンシャルの形状を決定することは未だ重要な課題である。また、我々の銀河系以外の銀河に適用する方向も興味深い。楕円銀河などは、周辺の惑星状星雲や球状星団の視線方向速度の観測を用いれば、現在開発しているコードが適用可能である。こうした銀河においても、力学的質量の決定は未だ未熟な部分があり、簡単な球対称モデルなどが用いられ、固定された暗黒物質分布などが仮定されている。こうした領域にも新たな進展をもたらすことができる可能性がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画の遅延により、計画の延長を申請した。そのために、研究の継続のための費用として、次年度の使用額を計上している。
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