研究課題/領域番号 |
17K17681
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 崇志 東京大学, 定量生命科学研究所, 助教 (70756824)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / キノコ体 / 嗅覚記憶学習 / 2光子カルシウムイメージング / 匂い応答地図 / 光遺伝学 / シナプス可塑性 |
研究実績の概要 |
ショウジョウバエのキノコ体(MB)は、忌避/報酬刺激と嗅覚刺激の連合学習・記憶形成の場であるとされる。MB神経には機能が異なるサブタイプが存在し、各タイプの軸索束は接続先別に複数の出力領域に区画化され機能していると考えられている。2光子カルシウムイメージングにより、サブタイプを区別したMB神経軸索束の複数の出力域で、学習前の匂い応答を同時計測し、可塑性解析の基盤となる神経科学的な回路図を構築する。匂いの応答強度や速度,分離度,回路内での遷移様式をサブタイプごとに網羅し、学習後の応答変化の指標とする。 MB回路網をin vivo ライブイメージングの手法により解剖していくことで、情報の連合を担う記憶神経回路のプレシナプス側での可塑性を動的に明らかにすることを最終目標とする。 当該年度までに、本研究を遂行するために必要な多重遺伝子組換え系統の作成が完了した。本研究と関連し、所属研究室の山崎助教がMBγ神経において行動遺伝学的に相反する機能を持つサブタイプγCRE-p、γCRE-n神経を新たに見出した。これらのサブタイプをラベルするGal4系統とGCaMP発現系統等を掛け合わせ、新たな多重組み換え系統を作成した。申請者はこれらの組み換え系統と光遺伝学的手法を組み合わせ、γCRE-p神経とγCRE-n神経が拮抗的に働くことをライブイメージングの系で明らかにした。さらにγCRE-p、γCRE-n系統でラベルされるγMB神経はValenceを有することが示唆されたた。このためこれまで計画していたようあ記憶学習で汎用される匂い物質であるMCHやOctに加え、ショウジョウバエにおいて生得的に忌避性の匂いとして見なされているCO2やCitronella, 誘引性の物質としてはリンゴ酢、酵母等を匂い刺激として追加し、研究計画の修正を行い、解析を継続している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究を遂行するために必要な多重遺伝子組み換え系統の作成が完了していたが、系統の維持に用いていたインキュベーターが故障、発熱し、各種系統が死滅した。また計画当初は軸索束の出力領域を区画化するためのマーカーとしてmCherryの使用を想定していたが、発現量が過剰なためか形態発生に異常が見られる個体が観察されたため、発生への影響が少なく高輝度であるtdTomatoを用いることに変更した。このため、バックアップしていた組換え前の系統等を用い多重組換え体の再構成をおこなった。その後、発現パターンのチェックを行い、発生に異常ないことを確認した。 忌避性あるいは誘引性の行動を起こす際、MB神経レベルでもValenceがコードされていることが本研究室の先行研究から明らかになってきたことから、提示する匂い物質の種類を追加することとした。記憶学習の系で汎用されるMCH,Oct,に加え、生得的に中立的性質の匂いとしてHexanol、忌避性の匂いとしてCO2, Citronella, 誘引性の匂いとしてリンゴ酢、酵母を選定し、匂い刺激実験をおこなっている。特定の匂い物質に関し、匂い呈示終了後もチューブ内に匂い物質が残存していることが示唆されたため、所属研究室の廣井助教の協力により、チューブやジョイントの素材の変更を計画し、これまでシリコンチューブであった領域も全て匂いの付着が少ないテフロン素材への変更を完了し、改善が観察された。上記の問題への対策に時間を要し予定より数ヶ月計画が遅延したが、現在はこれらの複数種の匂いを安定的に提示する系が構築された。 また、負の価値情報の条件付けに用いる電気ショック刺激も同様に安定的に提示可能なシステムが構築されたため、学習前後の応答変化を顕微鏡下で観察するための実験環境はほぼ整ったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
キノコ体神経は、古典的には3つのタイプ:γ神経,α’/β’神経、α/β神経に分けられ、それぞれ、記憶の獲得、固定、想起などの段階において異なる機能を持つことが明らかにされてきたが、Asoらにより公開されたsplit-gal4系統の利用により、γ(main、d型)、α’/β’(m、ap 型)、α/β(p、s、c 型)のように、さらなるサブタイプへの細分化が可能となっている。本研究と並行し、所属研究室で見出されたγCRE-p、γCRE-n神経は解剖学的にはそれぞれγ-main、γ-d型に対応し、記憶形成における重要な機能が明らかにされつつあるため、これらのサブタイプを優先し、可塑性検証の土台となる応答地図の構築を目指す。 ピクセルレベルの画像解析も計画しているため、多変量データの解析に精通している廣井助教の協力のもと、応答データの解析を行っていく。 これと並行し、γ神経以外のサブタイプに関しても、組み換え系統はすでに完成しているため、匂いや電気ショック刺激への応答などを出力域を区画化して網羅的に取得し、キノコ体神経全サブタイプにおける匂い応答回路図の構築を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定よりも、解析用PC,ストレージの購入費が少なく済んだため。また学会参加費、旅費が不要であった。 次年度は本研究をまとめ成果を発表する計画のため、論文投稿、学会参加に伴う参加費、旅費への割り当てを予定している。また、抗体染色や光遺伝学、薬理学的実験に必要な試薬を購入予定である。
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