研究課題/領域番号 |
17K17719
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
半田 哲也 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 特任助教 (40772570)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | エピジェネティクス / 遺伝子発現制御 / ヒストン修飾 / クロマチン / 生細胞イメージング / CRISPR/Cas9 / エピゲノム編集 / RNA Polymerase 2 |
研究実績の概要 |
本研究では、独自の翻訳後修飾可視化技術とCRISPR/Cas9システムを応用した特定ゲノム領域の可視化、さらにヒストン修飾の人為的操作(エピゲノム編集)を組み合わせることで、生細胞イメージング計測を通してクロマチン構造の変化と遺伝子発現のダイナミクスを明らかにする。熱ショック応答において、マスター転写因子であるHSF1が活性化し、HSPs(Heat Shock Proteins)と呼ばれる一群の標的遺伝子の転写を誘導する。ヒトではHSF1結合配列が、主に9番染色体ペリセントロメア領域に存在するSatellite 3 (Sat3)リピート配列内にも存在し、熱ショックに応答してHSF1が集積することでnuclear Stress Body(nSB)と呼ばれる核構造を形成し、Sat3 non-coding RNAの転写が起こることが知られている。nSBはヘテロクロマチン構造からの転写活性化の動態を解析する良いモデルであると考えられる。近年、転写活性化状態にあるクロマチン領域はその運動性が低下していることが報告され、相分離したハブとしての転写ファクトリーモデルが提唱されているが、ヒストン修飾がどのように寄与しているのかは不明である。昨年度に引き続き、CRISPR/dCas9システムを用いてSat3領域を可視化し、熱ショック応答におけるクロマチン領域の運動性を計測した。その結果、ヒストンのアセチル化が集積する時期に一過的に運動性が亢進し、その後、RNA polymerase 2(RNAPol2)の活性化が起こる時期では低下していることが明らかになった。これは、昨年度に行ったエピゲノム編集によるアセチル化の強制的な導入によるクロマチン運動性亢進の結果と一致していると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Sat3リピート配列を標的とするsgRNAとともにdCas9-3xsfGFPを安定発現する正常二倍体細胞であるhTERT-RPE1細胞株を用いて、熱ショック誘導下でSat3クロマチン領域の運動性をMSCD (Mean Square Change in Distance)により評価した。2点間の距離変化から計算されるMSCDでは、平均二乗変位(MSD:mean square displacement)とは異なり、観察中の細胞の移動や核の変形等を考慮しなくて良い利点がある。インキュベータの温度を通常の培養温度37℃から43℃に上げ、dCas9の2つのfociとして観察されるSat3領域を3次元タイムラプス観察で追跡した。37℃から43℃ 30分後ではMSCDが上昇し、60分後では再び37℃培養下と同程度まで低下した。それぞれ、ヒストンのアセチル化、活性化型RNAPol2が集積する時期であり、アセチル化によるクロマチン運動性の亢進、転写活性化状態にあるクロマチンの運動性低下を反映していると考えられる。現在、阻害剤等を用いてヒストンのアセチル化の下流の反応、またRNAPol2活性化を阻害することで、クロマチン運動性変化に寄与する要因の特定を進めている。対象実験として、別のクロマチン領域を可視化、さらにリピート配列ではなく、内在性ゲノム配列での一遺伝子領域の可視化を試みた。比較的に狭い領域に多数のsgRNA配列をデザインする必要があり、PAM配列の制限がNGGからNGへと緩和されたdCas9-NGを構築したが、現時点では十分なS/N比での一遺伝子領域の可視化には至っていない。そこで、以前に共同研究で行った、内在性ゲノム配列中のCas9のターゲットとなるリピート配列の探索から、近傍一遺伝子領域の可視化候補を絞った。
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今後の研究の推進方策 |
転写活性化に伴うクロマチン運動性変化に寄与する要因と素過程を特定するために、各種阻害剤を用いてMSCDを計測する。ヒストンのアセチル化を担う酵素は複数種あり、それらが相補的に働くため、特定のノックダウンや阻害剤を用いてアセチル化そのものを阻害することは困難であると考えられる。そこで、BET阻害剤であるJQ1を用いて、ヒストンのアセチル化を認識するBRD4の結合を阻害した条件で測定を行う。また、RNAPol2活性化の阻害には、転写開始型RNAPol2 Ser5phを担うCDK7(TFIIH)をTHZ1で、転写伸長型 RNA Pol2 Ser2phを担うCDK9(P-TEFb)をFlavopiridolで阻害し、それぞれの過程を区別して行う。 次に、熱ショックに応答して転写活性化されるSat3領域に特異的なクロマチン運動性変化であるかどうかを調べるために、別の領域についてMSCDを測定する。dCas9のターゲットとなるリピート配列候補から、ヘテロクロマチン構造をとるが熱ショック下でも転写は見られない、9番染色体とは異なる染色体のペリセントロメア領域、あるいはサブテロメア領域について、dCas9で可視化しMSCDを測定する。さらに、通常はユークロマチン構造をとり転写されているが、熱ショック下では抑制されていると考えられる遺伝子についても候補を絞り、同様の解析を行う。 さらに、クロマチンの運動性について直接的にその寄与を調べる目的で、Sat領域を核膜近傍に繋留し、熱ショック下でのヒストン修飾の変化、転写活性化、クロマチン運動性を解析する。dCas9にEmerin、Lamin B1,LAP2βなどの核膜局在ドメインを融合することで、Sat3領域を核膜近傍に繋留し、核内局在も変化するが、クロマチン運動の抑制が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
内在性ゲノム領域の一遺伝子領域の可視化について、dCas9-NGの応用が困難であったことから作戦を変更する必要があった。対照実験としてのコントロール領域の探索や、核膜繋留のための構築について、過去の研究について文献調査を行っていたため、実際の実験での消耗品の使用が少なかった。生細胞イメージング観察のための蛍光標識プローブなどの消費が少なかったが、次年度は新しい構築を進め、生細胞イメージングを繰り返すため、細胞培養、細胞株の樹立に関わる試薬、抗体精製、プローブ作成のためのカラムや蛍光色素などの消費が大幅に増加すると考えられる。
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備考 |
令和元年度東京工業大学手島精一記念研究賞(研究論文賞)受賞
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