高度な技能の遂行には,視覚情報や聴覚情報,触覚情報などの感覚情報が活用される.特に緻密な運動制御を行うためには長期間にわたる訓練が必要である上,自己の能力を最大限に発揮するために自分にとって最適な情報処理方略をとる必要がある.ピアノ演奏を例にとれば,楽譜をすらすら読んで演奏できる子どももいれば,楽譜を読むのは苦手だが教師の演奏を聞いて演奏することはすぐにできる子どももいる.つまり,音楽を楽譜から視覚的に読みこんで運動に変換することが得意な子と,演奏を聴覚から取り込んで運動に変換することが得意な子がいるということである.このような個人差は,それぞれが用いる情報処理方略の違いによってもたらされていると考えられる.従って,最終的には同じ運動が出力されるとしても,優先される感覚情報によって運動に至るまでの情報処理方略が異なる可能性がある. しかしながら,多くの研究においては,演奏家と非演奏家というくくりで研究が行われており,演奏家内の情報処理方略の差は検証の対象になっていない.同じ出力が得られる場合にはおおよそ同じ方略を使用しているとされてきたため,実際には存在する違いが埋もれたままである可能性がある. そこで本研究においては,ピアニストを対象として,視覚および聴覚情報の入力から運動に至るまでの情報処理方略の違いを実験的に検証することを目指す.また,視覚情報の処理に重要であると考えられる読譜についても,その効率的な情報処理に活用されている楽譜上の手掛かりを検証する.
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