ヒトでは、幼少期のネグレクトや虐待という過度なストレスが成長後の精神疾患を惹起すると疫学的に報告されているが、その神経回路メカニズムはわかっていない。近年、外側手綱核(Lateral Habenula; LHb)と不安やうつとの関連が報告されている。これは、ストレスのシグナルを基底核や視床下部からLHbが受け、情動や睡眠、認知を調節するドパミン神経核やセロトニン神経核に抑制性の出力を送るためと考えられる。しかし、不安やうつの症状に発現に関わるLHbの神経回路機構はわかっておらず、LHbに着目した幼少期ストレスと成長後の不安様行動やうつ様行動を調査した研究は例がない。ストレスに対するLHbの活動性が高い幼少時期(生後10-20日; P10-20)に毎日、仔を母親から3時間分離すると、Control群と比較して、成長後(P60)のParvalbumin(PV)陽性細胞がLHbで減少し、ストレス負荷時の神経活動性が増加し、明暗箱試験における不安様行動が増加し、強制水泳試験におけるうつ様行動が増加した。このPV陽性細胞は、細胞体にGABAを含んでいたが、GABA合成酵素であるGAD65や67を発現していなかった。PV陽性細胞はGABA作働性の介在神経細胞と一般的にいわれているが、自らGABA合成しないGABA作動性の神経細胞であることが強く示唆された。今回の結果は,幼少期ストレスによって、抑制性のPV陽性細胞が減少した結果、LHbの活動性が上昇し、モノアミン作動性神経核が過度に抑制されることで、不安様症状やうつ様症状が発現したことを示唆する。今後,LHbのPV陽性細胞の構造や機能をさらに明らかにすることで、効果的な不安やうつの治療薬開発につながると考えられる。
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