本研究では,現実社会の多層的なつながり(友人,会社等)やその時間的変化をより正確に反映するため,多層ネットワークにおいて個体が移動するモデルを構築し,計算機シミュレーションにより,災害時など極端にネットワーク構造が変化してしまう状況に有効なワクチン接種戦略を明らかにすることを目的とした. まず,1次元空間での個体群の一方向への移動が感染症の拡大・阻止に与える影響について,エージェントベースモデルのシミュレーションによって調べた.その結果,個体の密度が閾値以下の場合には個体の接触が途絶え,感染が消滅すること,一方で閾値以上の場合には継続的な個体の接触に起因して,感染する個体が常に存在してしまうことが分かった.個体の移動を考慮せず,空間的な混雑効果もない平均場近似による予測と比較することで,移動と空間の混雑効果による感染症の流行が明らかとなった.この結果は,日本物理学会が刊行するJournal of the Physical Society of Japanに掲載された. 次に,本年度は生態学のモデルでよく用いられるメタポピュレーションのネットワーク構造を用いて,パッチ(ネットワークのノード)間を個体がランダムに移動する時にネットワーク構造の違いによって感染規模にどのような影響が出るかを数値シミュレーションと数理解析によって調べた.ネットワーク構造は完全グラフ,サイクルグラフ,スターグラフの3種類を考えた.その結果,スターグラフのようなハブを持つ非均質なネットワークの場合,ハブが感染症の供給源となって消滅しないことが明らかとなった.この結果は,数理生物学の伝統的ジャーナルであるJournal of Theoretical Biologyに掲載された.
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