本研究は、日本社会における「男らしさ」の転換期とも評される1960~1970年代に、その暴力性や男同士の絆の描写などによって男性から人気を博した東映制作のやくざ映画において、どのような「男」のイメージが見られるか、また、それがどのように変化していったかを分析することを通して、戦後の日本社会における男性性(masculinity)とその変容を考察することを目的とするものである。 2024年度は、やくざ映画が集中的に製作された背景を探るため、映画雑誌の記事や映画会社が発行する資料の収集を進めた。また、本研究の中心的な対象である東映以外のものも含めたやくざ映画の分析を行った。東映の「やくざ路線」の最初期は、どの作品を新路線に入れるか、どのような要素を盛り込むかの模索が見られた。また、東映がやくざ映画を量産する以前の時期から、やくざという題材と男であることへのこだわりの結びつきが示されていた。加えて、本研究の位置付けの参考となる、近年の文化・メディアに関する社会学的研究の整理を行った。 研究期間全体の成果を通じて、東映のやくざ映画の主人公からは、葛藤を伴いながらも暴力を通して男同士の絆の中で「男」になることを達成しようとしていたのが、「男」であることが重荷となる変化が見出される。それは男性性研究で指摘されていた「脱男性化」という主流の潮流とは一線を画すものの、旧来の男性像の否定という性質は共通する。その中で女性登場人物の役目は、主人公に課せられたものとは異なる原理を体現しつつも彼が守るべき世界の一員だったのが、主人公を取り巻く世界への懐疑を引き起こし、さらに嫌悪すべき他者の側面を見せるようになる。やくざ映画は、「表」の社会で是とされた「家庭を大切にする一家の大黒柱」のネガとなる「裏」の男性像を提供しつつ、個人の欲望の肯定を「表」の文化と共有するようになった面が見受けられる。
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