本研究では、越境大気汚染が深刻な地域に生育する樹木の葉に沈着した粒子状物質 (PM) の量と組成の継時的変化およびその樹種間差異を解明することを目的とした。調査地として越境大気汚染が深刻な長崎県を選定した。2017年においては郊外の山岳地域に生育する常緑針葉樹ヒノキ、2018年においてはヒノキに加えて市街地に生育するクスノキも対象樹種とした。 いずれの年、樹種においても葉面PM沈着量は春先に最も高かったが、ヒノキの葉面PM沈着量はクスノキのそれよりも約4~10倍多かった。調査地とした郊外と市街地周辺のPM2.5濃度に顕著な差は認められなかったことから、PM はクスノキよりもヒノキの葉に沈着しやすく、大気中のPM2.5濃度が同じであっても、ヒノキの方がその影響を受けやすいと考えられた。 葉面に沈着したPMには人為起源と考えられるPb、As、VおよびNiが含まれており、いずれも春先にそれらの沈着量が最も多かった。この時期に後方流跡線解析を行った結果、中国大陸から長崎に気塊が輸送されていたことが示された。そして、葉面に沈着したPbの同位体比を調べた結果、中国の石炭や鉛鉱石中のPb同位体比と同じか近い値であった。これらの結果から、中国大陸から長崎への気塊の輸送が顕著な春先において、中国から越境輸送されたPMが長崎の郊外や市街地に生育する樹木の葉に沈着している実態が明らかになった。一方、長崎市内に発生源を持つと考えられるCrの沈着量が夏から秋にかけて両樹種ともに増加したが、Crの全金属元素に占める割合は市街地に生育するクスノキで常に高かった。これらの結果から、長崎の郊外に生育するヒノキと市街地に生育するクスノキはともに、大陸由来と国内由来のPMの両方の影響を受けていることが示されたが、郊外のヒノキは大陸由来、市街地のクスノキは国内由来のPMの影響をより強く受けていると考えられた。
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