自分や他者の行動、あるいは環境因子に対する時間的な予測とその誤差修正は、生体が生存する上で必須の機能である。この機能の中核をなす秒・分単位の時間感覚の情報処理を、時間知覚と呼ぶ。近年、発達障害や精神疾患における時間知覚機能の変化に関する証拠が報告されており、時間知覚の異常はこれらの疾患の根底をなしている可能性が示唆される。本研究は、統合失調症の動物モデルである新生仔期N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体遮断ラットにおける時間知覚の異常に関与する神経回路を同定することを目的とした。新生仔期NMDA受容体遮断ラットの時間知覚異常とそのメカニズムが解明されれば、同動物の疾患モデルとしての妥当性が高まると同時に、疾患のスクリーニングや治療法開発の一助となると考えられる。 生後7日から14日間、ラットにNMDA受容体遮断薬MK-801を投与することで疾患モデル動物を作成した。ラットの時間知覚能力は、長短の2つの時間間隔を弁別する時間弁別課題と、刺激提示開始から一定時間の経過を計り取る時間産出課題を実施することで評価した。また、課題遂行中の神経活動を評価するために抗p-CREB抗体による免疫組織化学染色を実施した。さらに、時間知覚には線条体における正常なドーパミン(DA)活動が重要だと考えられることから、線条体およびその投射元である黒質におけるDA輸送体およびDA生合成の律速酵素であるチロシンヒドロキシラーゼ発現を評価した。新生仔期NMDA受容体遮断ラットは、時間弁別課題における正常な時間弁別学習能力および時間産出課題における統制群と変わらないパフォーマンスを示した一方で、時間弁別課題中に長短の中間刺激を提示した場合時間を過剰に長く見積もる傾向が認められた。課題遂行中の神経活動および線条体と黒質におけるDA神経系に有意な変化は認められなかった。
|