研究課題/領域番号 |
17K18011
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
彭 浩 大阪市立大学, 大学院経済学研究科, 准教授 (80779372)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | トレーディング・パス / 通商 / オランダ東インド会社 / 東アジア海域 / 文引 / 朱印状 / 信牌 / 牌照 |
研究実績の概要 |
「オランダ商館長日記」(平戸・長崎出島)に収録している「pas」関係史料の解読が順調に進んでいる。周知の通り、オランダ東インド会社(VOC)の商務記録がアジア海域史研究において重要な史料として広く利用されている。日本に関しては、平戸と長崎出島の商館日記があり、東京大学史料編纂所によって編さん事業が推進され、現在は17世紀前半の分(13冊)はすでに出版されている。昨年度から、この史料を継続的に読み、「pas」関係の記事を確認したうえで研究メモを作成し始めた。これらの記事から、明朝後期の渡海「文引」(海外渡航許可証)、徳川幕府が発行した海外貿易関係「朱印状」、VOC(バタビア駐在の総督や出島の商館長など)が発行した通航証や貿易許可証など、多様なトレーディング・パスが運用されていたことが分かる。研究担当者は、2019年11月、台北の中央研究院に開催された海域研究ワークショップで、現段階の考察成果をまとめて報告した。海域研究の専門家から、今後の進展に建設的な意見を受けた。 次に、トレーディング・パスに関する現段階の研究成果や構想を、研究担当者が単独で執筆した英文著書『Trade Relations between Qing China and Tokugawa Japan:1685-1859』(シュプリンガー、2019年)に組み入れる形で発表した。当該書は、2015年出版の日本語版(彭浩『近世日清通商関係史』東京大学出版会)をペースに、修正のうえで作成したものであり、日本語版にある信牌制度に関する考察を英訳したほか、前近代東アジア世界の各種のトレーディング・パス(唐代の「公験」、宋・元の「公憑」、明の「勘合」、明後期の「文引」、清朝の「牌照」、江戸時代日本の「信牌」など)を時系列にまとめた内容も書き加えた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、上述したように、「オランダ商館長日記」の解読は、計画の通りに進んでおり、トレーディング・パスに関わる多くの重要な事実を確認することができた。2018年度の実施報告書に書いたように、当年度の後半から、在外研究(日本学術振興会「国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業」の一環としてアメリカのイェール大学に派遣)を実施し、入手した関係資料をすべてアメリカに持っていくことが困難なため、史料解読の作業を棚上げにした。2019年夏、日本に戻ってきてから、入手した商館長日記の解読作業を本格的に始めた。11月台北の海域研究ワークショップで現段階の成果を中間報告の形で発表し、台湾を取り巻く海域史に詳しい研究者から、「ゼーランディア城日誌」(VOC台湾支配期の商務日記)の保管・公開の状況に関する情報を得た。それと同じ性格のある日本側の商館長日記と照合して読む価値があり、そうすることで、VOCのパス制度をより全面的に把握することができるのではないかと考えるに至り、昨年度末、漢訳版の第1冊を入手して読み始めた。 また、在外研究を実施した間、イェール大学の図書館所蔵のアジア海域史・貿易史に関する英文著書を閲覧する機会を得た。英語圏の研究成果を学ぶことにより、多様なトレーディング・パスが出現し、互いに関連しながら機能していた時代背景をより多角的に把握できる一方、ポルトガル人が発行したカルタスの運用状況や、明朝官憲が通商要請のスペイン人へ「chapa」を発行した実例なども確認することができた。
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今後の研究の推進方策 |
VOC関係の商館日記の解読をさらに進めていきたい。まず、上述した「ゼーランディア城日誌」の漢訳版(熱蘭遮城日誌)を入手して、ネット上に公開されたオランダ語原文資料(De Dagregisters van het Kasteel Zeelandia)と照らし合わせながら、丁寧に読んでいきたい。さらに、『バタヴィア城日誌』(平凡社、1970~1975年)の解読も始めたい。これらのオランダ側の一次史料から読み取れる17世紀前期東アジア海域のトレーディング・パスの諸相をまとめる論文を完成することを目標とする。そして、可能であれば、英文による発信も検討したい。 また、在外研究によっていったん棚上げにした、清朝の海外貿易関係の「牌照」に関する考察も再開したい。前年度の実施報告書にも書いたように、歴史民俗博物館との共同研究(「近世近代転換期東アジア国際関係史の再検討-日本・中国・シャムの相互比較から」責任者は福岡万里子、2016~2018年度)に参加した。当該プログラムは、2020年度に共同研究の成果論集の出版を企画している。2019年12月、執筆予定者が集まって報告・議論する研究会が開催され、出版する方針はさらに固まった。研究担当者自身も報告を行い、参加者から多くの質問や意見を得た。2020年度では、関係する清朝側の史料をさらに探し、清朝の海外貿易に関する「牌照」の研究を論文化し、計画通りに当該論集に掲載されるように努力していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
まず、在外研究のため、2019年度前期の数か月間(4月~8月)、本研究に関わる調査活動の多くを実施する余裕がなかった。一方、2020年1月中旬以降、コロナウイルス感染拡大の影響で、春休みに実施する予定の国内外の出張も余儀なくキャンセルした。2020年度、状況が安定した後、史料調査を再開したい。ただし、コロナパンデミックがいつになると収束するのか、現段階では分からないので、長く続くと前年度と同様に史料調査をキャンセルせざるを得ない可能性がある。その場合は、無駄使いにならないように、出張予定の経費を返上するつもりである。 一方、本研究関係の史料集や参考文献を購入するため、次年度は数十万円の経費がかかると予想される。前述したように、2019年度末期から、「ゼーランディア城日誌」漢訳版(『熱蘭遮城日誌』、台湾で出版)などの文献資料を読む必要を感じるようになった。日本国内ではすぐ入手することが困難であり、次年度、海外から数多くの本を取り寄せて購入したい。一方、前年度の実施報告書に述べたように、幕末維新期、条約体制の確立に伴うトレーディング・パスの近代化に関する関心も生じた。これに応えるため、通商条約や幕末の海外貿易に関する史料集や研究書を数多く購入することを計画している。
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