今年度は,視聴覚情報の統合過程における感情情報の関与について,昨年度実施した注意の空間的側面に着目した実験の追加実験を実施した。昨年度は,画面の左右どちらかに提示される恐怖顔,嫌悪顔,中性顔のいずれかの顔刺激の手がかりによって注意が捕捉されている時に音刺激を短く提示することが,後続するターゲットに対する反応速度にどのような影響を与えるかを検討した。その結果,手がかりとターゲットの提示開始間時間間隔(SOA)が長い場合は,空間的注意の捕捉と音刺激との相互作用によって反応速度が速くなった。一方,手がかりとターゲットのSOAが短い場合は,嫌悪顔と同時に音刺激を提示することで,空間的注意の捕捉が促進されて反応時間が速くなっていた。今年度は,特にSOAが短い場合に見られた効果が嫌悪感情に起因する効果であるかを確認するため,正立顔と倒立顔を用いて同様の実験を行った。嫌悪感情に起因する効果である場合,表情の認識が阻害される倒立顔では効果が生じなくなると予測される。しかし,実験の結果,倒立顔でも同様の効果が生じていたことから,嫌悪感情に起因する効果ではなかった。手がかりとターゲットのSOAが長い場合の効果は今年度の実験でも再現されたことから,空間的注意の捕捉と音刺激との相互作用の効果は頑健であることが確認された。 3年間の研究期間に実施した研究では,視聴覚情報の統合過程における感情情報の関与について,注意の時間特性や空間特性との間に目立った関連を見つけることはできなかった。しかし,分裂錯覚と呼ばれる1回の視覚提示に対して2回の聴覚提示を行うことで視覚提示も2回に知覚される視聴覚相互作用による錯覚現象については,ネガティブ刺激およびポジティブ刺激を視覚刺激として提示することによって,錯覚が起こりやすくなるという知見を見出すことができた。
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