研究課題/領域番号 |
17K18080
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
浅見 祐也 学習院大学, 理学部, 助教 (00726078)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 共鳴ラマン / 気相分光 / タンパク質変性 / 動的構造 / 液滴 / ヘムタンパク質 / 赤外レーザー蒸発 / イオントラップ |
研究実績の概要 |
これまで気相分光を用いた生体分子の構造解析は、エレクトロスプレーイオン化法で孤立気相化させた分子の赤外分光を行い、量子化学計算との比較により行う手法が一般的であった。この手法は分子の微細構造を精密に議論する点に優れている一方、たんぱく質レベルの巨大分子には適応が難しい点が問題視されてきた。本研究ではこの点を克服するため、分子量が1万を超えるたんぱく質を非破壊的に気化し、その分子構造を議論する新たな手法として液滴分子線赤外レーザー蒸発法を用いた共鳴ラマン分光法を提案した。この手法の最大の特徴は、たんぱく質中に存在する特徴的な発色団に着目し、その周囲の振動情報を部分的に抜き出すことで、巨大な自由度を持つたんぱく質の機能に直結する振動スペクトルが高感度に得られる点にある。また量子化学計算との併用により、得られたスペクトルから分子構造に関する詳細な議論が可能になる。 昨年度は、本研究で主に使用する液滴分子線赤外レーザー蒸発法を用いた共鳴ラマン分光装置の開発と量子化学計算機の導入に注力した。装置開発では、イオントラップ電極部に新たにレンズ、プリズムを設置し、トラップ電極内で発生したラマン散乱光が光ファイバー、フィードスルーを介して分光器に導入されるよう改良を行った。トラップしたイオンからの光信号を確認するため、色素分子をトラップしてその蛍光の観測を行い、十分な信号が得ることを確認した。また量子化学計算機を新たに導入し、Gaussian09のインストールや計算機のパフォーマンスチェック、計算条件の検討などを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は本研究で主に使用する液滴分子線赤外レーザー蒸発法を用いた共鳴ラマン分光装置の開発と量子化学計算機の導入を最大の目標にしていたが、いずれも一定の成果に到達することができた。装置開発では、イオントラップ電極を新たに設計し、平凸レンズ、直角プリズム、コリメータレンズが固定できるよう改良を行った。またコリメータレンズで集光された光は光ファイバーに導入され、フィードスルーを介して真空中から大気中へと光が誘導される設計とした。大気中に取り出した光は、再び光ファイバーに導入され、分光器に導入されホトマルで検出される。この新たに設計したイオントラップ電極が想定通り機能するかどうかを確認するため、蛍光色素として有名なローダミン6Gを用いてその気相イオンの蛍光信号の観測を試みた。その結果、水溶液での蛍光スペクトルと類似した波長領域にピーク(548 nm)が観測されただけでなく、新たなピーク(566 nm)も観測され、気相固有の蛍光スペクトルが測定された。観測された新たなピークは、分散蛍光が溶媒の消失に伴いシャープに観測された結果と考えられる。本年度は共鳴ラマン信号の観測までには至らなかったが、蛍光スペクトルが問題なく測定できることが確認できたため、後は実験条件の最適化のみで共鳴ラマン信号の観測が十分可能であると考えている。 また量子化学計算機の導入に関しては、大自由度系の計算に適した仕様にするため、CPU、メモリーをカスタマイズし、計算実行部にSSDを採用した。Gaussian09のインストールや計算機のパフォーマンスチェックを行い、汎用の密度汎関数法で70原子程度の構造最適化計算が10時間以内で終了する計算レベルの検討を行った。現状ではB3LYP法やM06-2X法が有効な計算レベルと考えている。以上のことから昨年度に予定していた研究計画は概ね順調に進んでいると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、ヘムたんぱく質の一つであるミオグロビンの共鳴ラマン散乱光の観測を行い、気相でのミオグロビンの構造を議論する。この時、気相中でのヘム構造の光吸収が水溶液中と異なっていることが予想されるが、これは既にミオグロビンの可視‐紫外光解離スペクトルの測定により確認済みである。そのため、この気相ミオグロビンの吸収帯(400 nm付近)にレーザー光の波長を固定し、分光器の波長掃引とホトマルの電圧の最適化を行えば十分に共鳴ラマン散乱光の観測が可能であると考えている。またこのヘムたんぱく質中に内包されるヘム構造と、遊離したヘムの共鳴ラマン散乱光を比較することにより、ヘム構造を取り囲むポリアミノ酸のケージがヘム構造にどの程度影響を与えているのかを議論する。 上記の測定が終わり次第、イオントラップの時間を段階的に変えながらミオグロビンの共鳴ラマン散乱光の観測を行う。これにより、ミオグロビンが気相単離される過程でどのように構造変化するのかを時間分解測定することが可能である。この時、イオントラップはナノ秒レベルの時間制御が容易にできる点から、気相ミオグロビンのナノ秒時間分解共鳴ラマンスペクトルの測定は十分可能である。この測定を通して、ミオグロビンが孤立化する過程で生じる構造変化の動的過程を実験的に明らかにする。 さらに得られた共鳴ラマンスペクトルが意味する分子構造情報を詳細に議論するため、量子化学計算を用いた振動解析を行う。この時、ミオグロビンは巨大な生体分子であるため、実際に振動解析を行う部位は、ヘム構造とその周辺のアミノ酸残基のみになる。本研究では100原子以内で構成される部分構造に対して、昨年度に検討した計算レベルを適用し、効率的な振動解析と構造の評価を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度に購入する予定であった大型研究機器はナノ秒のパルスYAGレーザーと量子化学計算機の2点であった。詳細な合見積や仕様のカスタマイズ、値下げ交渉の結果、両者の機器の購入費用を比較的安く抑えることができた。余った予算で本研究に不可欠な分光器と消耗品の購入を行ったが、若干の予算が未使用のまま残った。本年度に新たに使用できる予算は非常に僅かであることが既に分かっていたため、基金の特徴を活かしてこの予算を昨年度中に無理に消費することは避けた。本年度はこの昨年度分の予算と合算し、試薬の購入やガラス器具などの消耗品や学会参加のための旅費として効率的に使用する予定である。
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備考 |
2017年 4月 日本科学会 笹川科学研究助成(学術研究部門) 採択, 2018年 1月 中谷医工計測技術振興財団 技術開発研究助成(奨励研究) 採択, 2018年 3月 学習院大学 安部能成記念教育基金学術研究助成金 採択, 2018年 3月 加藤記念バイオサイエンス振興財団 国際交流助成 採択
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