コロナ禍の影響により当初の計画から大幅な変更を余儀なくされたものの、最終年度では研究実施期間全体を通じて取り組んできた、名詞句の構造、および文構造の中における名詞句の働きについての通言語的検討という課題に対して、その総括と今後の発展可能性を示す成果を挙げられたものと考える。 稲田・猪熊(2022a)「意味とは」および猪熊・稲田(2022b)「意味現象を考える」(いずれも大津他監修・杉崎他編『言語研究の世界 生成文法からのアプローチ』(研究社)に収録)では、名詞句の意味解釈、およびそれが文全体の意味構造の中で果たす役割という観点から論じた。意味論的問題を取り上げた類書では、多くの場合、文構造の観点にたった議論が多い。この文脈においては名詞句の内部構造は捨象され、それ以上分析不可能な原子的要素とみなされる。これに対し上掲の論考では、名詞句全体の意味的性質を起点にしてさらにそれを分解し、名詞句内部の要素の合成へと議論を進め、文構造における名詞句の働きを名詞句内部のそれぞれの要素に還元する仕組みを提示している。 また、猪熊(2022c)「英語の述部名詞に見られる特異な一致現象」(『実践英文学』74号に収録)では英語の述語位置に生起する特定の名詞句と、それを導くbe動詞の間に見られる、単数・複数の不一致現象を取り上げている。この現象を説明するためには、名詞(句)そのものの意味のみならず、withに導かれる共格前置詞句との相互作用を考慮に入れる必要があることを示し、名詞句、前置詞句、be動詞句の相関として文構造とその意味解釈を捉える、という方向性を指摘した。
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