本研究課題は,老人性難聴用補聴器の性能改善に関するものである.現在の補聴器では,音の入出力時間差が可能な限り小さくなるように設計されているが,これが性能改善におけるボトルネックとなっている.この問題を改善するために,本研究では補聴器における入出力時間差の許容量の年齢による変化を精査した.また,この調査において必要となる音の補正に関する研究も行った. 音の入出力時間差の許容量の年齢による変化に関する研究では,数多くの高齢者を対象として聞き取りテストを実施した.この聞き取りテストでは,被験者が発話した音声に任意の遅延時間を発生させて被験者に提示する装置を開発し,これを用いて様々な遅延時間を聴覚へ与えたときに覚える違和感の主観評価を行ってもらった.その結果,聴覚へ与える遅延時間の増加に伴う違和感の増加が,年齢とともに大幅に弱まることが確認された.一方,年齢が近い被験者であっても聞き取りテストにおける主観評価結果に大きなバラつきが見られ,このバラつきは年齢とともに増加する傾向が見られた.このバラつきの改善は,今後の課題である. 音の補正に関する研究では,補正に必要となる音の伝達経路の推定方法について検討した.音の伝達経路推定では,音響システムの残響時間に相当する次数が既知である場合には,観測信号に含まれる雑音の確率密度分布を手掛かりとして推定が可能であることが広く知られている.本研究では,この推定問題を次数が未知の場合へ拡張し,ノンパラメトリックベイズモデルを応用することで伝達経路および次数を同時に推定することに成功した.また,次数が既知である場合について,実環境における伝達経路推定を想定して,雑音の確率密度分布を従来よりも忠実にモデル化した推定法を導出し,推定精度を改善することに成功した.
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