本研究の目的は,国内政治における選挙アカウンタビリティが国際紛争に与える影響を分析することである.具体的には,政治指導者に対する国内世論の支持率と国政選挙サイクルが,国際紛争に臨む政治指導者とっての政治的コストである観衆費用を変動させることを明らかにする.それにより,民主制下で大きいと仮定されてきた観衆費用について,民主制内でもバリエーションがある可能性を示し,国家の多様な紛争行動を説明する理論の精緻化に寄与する.
本研究の主な実績は次の3点である.まず第1に,いったん行った武力行使の威嚇を取り下げる政治指導者に対し有権者が政治的制裁を下すという観衆費用理論について,観衆費用は選挙サイクル,すなわち国政選挙の近接性や政府あるいは政治指導者に対する有権者の支持率や支持態度によって条件付けられることを明らかにした.その主な主張は,観衆費用は国政選挙が近いときに大きくなるが,政治指導者に対する有権者の事前支持率が低ければ顕在化しない,というものである.第2に,上記の理論について,従来から国際紛争研究において広く用いられているMID データセットやMCT データセット等を利用して実証分析を行い,理論の経験的妥当性を確認した.具体的には,国政選挙の近接性が,国際危機をエスカレートさせる可能性および国際紛争からの撤退可能性に与える影響について仮説を検証した.そして第3には,理論上で想定していたメカニズムを実際に生じた国際紛争により例示すべく,湾岸戦争(1991年),イラク戦争(2003年)等の事例研究も行った.それらを通じ,今後の研究課題を浮かび上がらせることができた.本研究は,観衆費用の大きさが何かしらの要因によって変動するのではないかと問うことから始まったが,実際に状況に応じて変化するのは大小ではなく顕在性である可能性も考えられる.
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