本年は、引き続き新型コロナウィルスにかかる移動の制限等によって、十分な資料調査を実施することができなかった。 制約のある状況ではあったが、招待講演を1回行い、論文1本を執筆したほか、オンラインでアウトリーチ活動を開始した。 本年は、昨年度までに実施したドイツでのフィールドワークを踏まえ、欧米圏のBDSM文化と日本の文化を比較検討し、その差異を歴史的に位置づけた。すなわち、欧米では、サドマゾヒズムは病理的なイメージが強く、早期から脱病理化を目指す当事者運動が展開された。しかし日本では、サドマゾヒズムは早々にSMとして大衆化し、事実上の脱病理化を果たしたことで、欧米のような活発な当事者運動は起きていない。このような歴史的文脈の相違は、現代における双方SM/BDSM文化に大きな相違をもたらしている。欧米では、病理化による社会的不利益や偏見に抗するため、BDSMの実践にあたって、安全性や同意、実践者の自律性を強調する議論が展開し、多くの当事者組織が実践におけるガイドラインやマナーを明文化している。これらの議論は防御言説として展開したため、社会的寛容を勝ち取るために不都合なタイプの当事者を不可視化しているという問題がある。 病理化に対する抵抗運動が起こらなかった日本では、大規模な当事者組織も成立しておらず、ガイドラインの明文化も大規模なものはほとんど行われていない。むしろ日本では、SMクラブやバーなどで働くプロの女性たちや、プロの緊縛師などが、実践を通じて同意や安全性に関する知見を積み重ねてきたといえる。
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