研究課題/領域番号 |
17K18353
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
海津 一成 国立研究開発法人理化学研究所, 生命機能科学研究センター, 上級研究員 (80616615)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | シミュレーション / 生化学反応 / 反応拡散 / 計算生物学 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、剛体球とみなした分子の一分子(ナノメーター)スケールの動態から細胞(マイクロメーター)スケールの生化学反応ネットワーク動態を計算する一分子粒度シミュレーション技法に、分子動力学法などで用いられる分子の構造を取り入れることで、分子構造計算と細胞レベルの生体現象を結びつけようとするものである。 本研究ではこれまで、(1)一分子粒度シミュレーション技法において異方性のない剛体球とみなされてきた分子に分子の向きと回転拡散定数を加えることで分子の一部分表面のみが反応活性をもった場合の計算を可能にし、(2)三次元の自由拡散運動に限定されてきた従来法(拡張グリーン関数動力学法)に新たな局所解を加えて一次元や二次元での反応拡散を表現可能にした。 本年度では主に(2)をさらに進めることと、本開発技法の実装基盤となるソフトウェア(E-Cellシステムバージョン4)の修正とリリース作業を行った。まず昨年度、自由な細胞表現のための新たなグリーン関数の導出と検証を行ったのに続き、それを利用して実際に複雑なポリゴン形状上での一分子粒度シミュレーションを実装、様々な形状・反応条件下で統合テストを行った。現時点で厳密解の存在する平面上では高精度な結果を得ており、複雑な形状でも高速な計算が行えることを確認している。このような厳密計算を高速に行うことができる計算技法は世界的にも未だない(論文未発表)。続いて、(1)を統合しさらに複雑な分子構造を取り入れるために基盤ソフトウェアの整備を行った。(1)では従来法を部分的に修正することで技法の正しさを確認したが今後様々な内部構造により柔軟に対応できるよう一般化が可能なかたちに整備をし直した。その結果は(2)の成果を含めて新たなバージョンとして正式リリースを行い、ドキュメントの整備などと合わせ、オープンソースで自由に利用可能なかたちで公開した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度までで、(1)基盤ソフトウェアの整備、(2)分子の内部構造を剛体球から拡張する分子の向きと回転、それに応じた反応計算、(3)実用的な細胞モデリングに必要となる自由な形状を表現可能なポリゴン上での反応拡散の3点について完了した。 以上の内容については新たなグリーン関数の導出と実装を含む複数の新規な成果を得ており、結果についても解析解を利用して検証済である他、既にオープンソースソフトウェアとして広く公開している。今後これらの内容について論文化していく。 本研究課題のマイルストーンとして、本年度では複数の球からなる分子構造表現の実装に着手する予定であったが、以前の開発状況から判断し、基盤ソフトウェアの修正を優先した。基盤となる拡張グリーン関数動力学法はアルゴリズム自体が非常に複雑で入り組んでおり、確率的な計算であることからデバッグに非常な労力が必要となる。今後より複雑な拡張を行っていく上でそれを許容するような柔軟な設計をまず整備することが全体的には近道であると考えた。このリファクタリングと修正はほぼ完了し、正式なリリースまで行っており、当初の計画とは一部異なるが進捗状況として大きな遅れはない。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、本年度で整備したソフトウェア上で分子の内部構造に回転拡散に加えて複数の粒子からなる分子構造とその時間変化を取り入れる。グリーン関数動力学法では分子同士の衝突時点までは分子の内部状態を正確に決定することやそれらの拡散に対する影響を無視できるため、基本的にはこれまでの内部状態の時間発展のみを計算できれば良い。本拡張では、分子同士の衝突時にこれまでの時間発展から計算された分子構造を考慮するよう修正を行う。分子の衝突時には反応ブラウン動力学法と呼ばれる技法が部分的に適用する。これは従来法でも用いられる手法であり、本年度で行ったソフトウェア基盤の整備により拡張は比較的容易になった。第一段階として分子構造は時間的に変化しないものとし、その検証後、第二段階としてその構造の時間変化を導入する。この時間変化については実際に粗視化動力学法によって計算された統計モデルを導入することが可能だが、本研究では既存研究をもとに仮の構造変化モデルを利用することとする(ただし並行して他研究者と議論し、実際の構造計算結果についても検討する)。 これらの実装は三次元に加え、ポリゴン上での二次元反応にも適用できるが、三次元分子と二次元分子間での反応については対象外とする(ポリゴン上での反応拡散技法の性質上、困難が生じるため)。 さらに本技法の実装後はこれまでと同様にソフトウェアのリリースと公開を行い、技法の周知と普及に努める。同時に試験的なモデルを用いて分子構造が細胞動態に階層を越えて影響を与えうることを示し、また計算速度など本技法の性能についても検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
十分な人材を確保ができず、想定より人件費の支出が少なかったため。既に複数名が主としてソフトウェア開発業務に携わっているが、専門的な技術と知識が必要となるため、新たな人材確保ができなかった。学会やアウトリーチ活動を通じてこうした人材確保に努めており、必要に応じて即座に支出できる体制を維持する必要がある。人件費として直接人材を確保できない場合には、それに代わる一部のソフトウェア保守・管理業務等を外注するなど適切に使用する。
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