研究課題/領域番号 |
17K18380
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研究機関 | 科学警察研究所 |
研究代表者 |
高村 彩里 科学警察研究所, 法科学第一部, 研究員 (40778958)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | スペクトル解析 / 生体試料 / 血液 / 法科学 |
研究実績の概要 |
犯罪現場には、血液、精液、唾液など様々な体液資料が遺留される。犯罪捜査において、従来の体液種の同定分析に加え、その付着からの経過時間が推定可能となれば、犯行の立証や経緯の推定などに寄与することができる。本研究では、試料中の様々な分子種の検出が可能な振動分光手法と、複雑な生体試料のスペクトル特徴を解明するための多変量解析手法を利用し、体液試料の付着後に起こる化学反応過程の解明と、付着後の経過時間推定手法の開発を目指す。 本年度は、最も頻繁に遺留される「血痕試料」を対象として、時間経過によるスペクトル変化の測定と、経過時間推定に向けたデータ解析を行った。785nm励起近赤外ラマン分光を用い、16℃、24℃及び30℃の各恒温条件に置いた血痕試料について、3~4カ月の間、計42~50の時間点でスペクトルを測定した。その結果、血液採取後からの時間経過により、970 cm-1、1252 cm-1などの特定のバンド強度の顕著な増加が見られ、またその変化の速度は温度によって異なるものであった。次に、血痕スペクトル中の潜在成分について調べるため、全スペクトルデータに対して主成分分析を行った。その結果、時間経過及び温度に依存して異なるスコア変化を示す、複数のスペクトル成分が含まれることが示唆された。そこで、含有する複数のスペクトル成分について化学的解釈を進めるため、全要素を非負と制約した多変量スペクトル分解を行った。その結果、血中ヘモグロビン(Hb)のヘム構造の3種の異なる酸化状態(oxyHb→metHb→Hemichrome)、ヘム-タンパク質及び蛍光にそれぞれ由来すると考えられる、5つの有意なスペクトル成分への分解が見いだされた。各成分に対応するスコアは、温度に依存した時間変化を示し、特にヘム構造の酸化状態に関する変化については、既報の化学反応モデルと良く一致するものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、血痕試料を対象として、時間経過によるスペクトル変化の測定及び解析に着手した。初めに、スペクトル測定手法及び測定条件の選定、並びにスペクトルの経時変化の傾向を把握するため、予備実験として血痕試料作製から数か月間の赤外分光及び近赤外ラマン分光によるデータを測定した。その結果、赤外分光と比較して、近赤外ラマン分光では、ヘモグロビンのヘム構造の酸化状態の変化を準共鳴効果により、より顕著なスペクトル形状の変化として検出可能であることが判明した。よって、本データの測定には近赤外ラマン分光を用いることとした。さらに、スペクトル形状の変化の速さは温度に大きく依存することが示唆されたため、血中成分の化学変化を追跡測定可能かつ計画期間内に測定が完了するように、16℃、24℃及び30℃の3つの温度条件を設定した。以上の条件検討に基づき、本データの測定を計画通り本年度内に完了することが出来た。続くデータの解析においては、測定した数千本のスペクトルデータを整理し、波数構成及び蛍光除去等の前処理を行った上、スペクトル変化の概観的分析、並びに多変量解析による複数の有意なスペクトル成分への分離及びそのスコアの時間変化の特徴把握に至った。過去の論文では、血痕スペクトル上の特定のバンドやスペクトル成分にのみ限定した報告が多くされてきたが、今回の結果から、各スペクトル成分を構成要素として、血中成分の変化の全体像を捉えられる可能性が示された。さらに今後は、ヘム構造の酸化反応などに関して、速度論と結び付けた議論への展開が考えられる。以上より、進捗としては順調と考える。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、平成29年度に測定した血痕試料の近赤外ラマンスペクトルのデータについて、化学反応の速度論的議論を含めた詳細な解析を行うことで、血痕試料中で起こる化学反応過程について考察し、その解明を目指す。さらに、速度論に基づく化学反応のモデル式の導出まで発展できれば、陳旧度推定のためのスペクトル解析法や数値指標の提案が可能になると考えている。 さらに、発展的な分析対象として、布等の干渉性担体に染み込んだ血痕試料のラマンスペクトル測定を行う。先行研究の報告及び申請者自身のこれまでの研究から、布等の担体に血液が染み込んだ場合には、担体由来のシグナルが強く混入し、血液成分の解析の障害となることが判明している。このような場合、血痕スペクトルからの担体由来シグナルの解析的な除去が必要となるが、スペクトルデータの統計的扱いや、平均化によるノイズの十分な低減のために、多くのスペクトルデータを測定することが必要となる。そこで、試料を自動走査するための電動ステージを導入することで、マッピング測定が可能な測定系を確立し、血痕スペクトルのデータを大量に測定する。得られた測定データに対し、適切な担体由来シグナルの除去解析法を検討し、さらに開発した陳旧度推定モデルに当てはめて経過時間の推定精度について検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
ラマンスペクトル測定においては、試料への励起光照射及び試料からの発光回収効率に大きく関わる、対物レンズ等の光学部品の選定が重要となる。本年度においては、血液試料のラマンスペクトル測定のため、複数種の対物レンズを試験・比較検討した結果、既存のレンズがより効率的なシグナル検出に適していることが分かった。なお今後も、試料の種類や状態に応じて、最適な測定系の設定の検討を行っていく予定である。 次年度は、今年度に得られた結果を基にして、布等の干渉性担体に染み込んだ血痕試料の分析へ展開させる予定である。具体的にはスペクトルデータの統計的解析や担体によるノイズの影響を低減させるために、大量のスペクトルデータの収集が有効となる。そこで試料を自動走査して効率的に多くのスペクトルを測定するため、電動ステージ並びに制御用のソフト及びパソコンを購入する予定である。
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