研究課題/領域番号 |
17K18400
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研究機関 | 国立研究開発法人国立がん研究センター |
研究代表者 |
宮本 亮 国立研究開発法人国立がん研究センター, 研究所, 外来研究員 (40770863)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 硫化水素 / 一酸化窒素 / ポリサルファイド / TRPA1 |
研究実績の概要 |
硫化水素(H2S)は温泉の成分としても知られているが、哺乳動物の細胞でも酵素により合成され、広く体内に存在する。最近、H2Sの重合体であり、H2Snと表記されるポリサルファイドが痛み受容体TRPA1を活性化することが明らかにされ、かつその活性化が低濃度でも起こることが示された。本研究ではポリサルファイドがH2Sの酸化体であること、また代表的なガス状メッセンジャーである一酸化窒素(NO)が、強い酸化物質であるという化学的性質に着目し、H2SとNOの二つのガスメッセンジャーの化学的反応によりポリサルファイドが生成するという仮説を立て検証した。 共同開発したポリサルファイド選択的蛍光色素を、ラットから摘出した知覚神経に取り込ませてポリサルファイドイメージングを実施した。H2SとNOは、同時処置したときのみ知覚神経のポリサルファイド濃度を増加させた。Ca2+選択的蛍光色素を用いて同様にイメージングを実施したところ、H2SとNOはやはり同時処置したときのみTRPA1チャネル依存性に知覚神経のCa2+を増加させた。このCa2+反応はポリサルファイド消去剤のシアン化ナトリウムにより抑制されたことから、TRPA1の活性化はポリサルファイドによるものであると考えられた。LC-MS/MS解析から、H2SとNOの共存在下ではH2S2とH2S3の新規合成が見出された。一連の実験で用いたH2SとNOの濃度が数マイクロから数十マイクロという比較的低濃度であることから、これらの結果は内因性のH2Sが、NOと反応してポリサルファイドを合成することにより痛みを惹起する可能性を示唆している。本年度は研究代表者を筆頭著者として、これらの成果を学術誌に発表した。また国内学会でも発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H2SとNOからポリサルファイドが合成されることを複数の実験で証明したことが本年度の評価に至った最たる理由である。一方で生体内のポリサルファイドがどのような条件下で増加するかについては着手できておらず、次年度の課題と見ている。 ポリサルファイドの研究は比較的新しい分野であり、測定方法などは確立されたものがなかった。その点では昨年、代表者らが共同で開発したポリサルファイド選択的蛍光色素は本研究の推進につながった。この色素はCa2+選択的蛍光色素と同様に反応が早い。また濃度反応関係も二つの蛍光色素間で極めて近かった。本研究ではH2SとNOの同時処置が知覚神経のポリサルファイドを増加させると同時にCa2+反応を起こすことを示したが、これを同じ濃度、同じタイムコースで実現できたことで、説得力のあるデータを提示できるに至った。本年度までのデータをまとめ、学術誌に発表できたことも評価できる点とした。 ポリサルファイドの疼痛疾患への関与を示すにはその合成調節メカニズムを明らかにする必要がある。哺乳動物ではH2SやNOの合成酵素が広く分布しており、知覚ニューロンも例外ではない。H2SとNOの両者あるいはどちらか一方の合成量が増加すると、それに随伴する形でポリサルファイド量が増加すると考えられるが、本年度はその検討に着手できなかった。次年度の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
今後はH2SとNOのクロストークによるポリサルファイド増加のメカニズムを探る予定である。この点について、NOは以前から炎症時にその合成酵素であるNOSの発現量が慢性的に増加することが知られている。また細胞内Ca2+増加やリン酸化経路の活性化に伴ってNOSがリン酸化し、一時的に活性上昇することが知られている。そのため増加したNOが定常的に存在するH2Sをポリサルファイドに変換することでポリサルファイド量を調節するという仮説が立てられる。そこでこれらの条件を細胞・個体レベルで再現し、NOの増加とポリサルファイドの相関を見る。 すなわち、マウスから知覚ニューロンを摘出し、一定時間炎症性サイトカインに暴露したあと、ポリサルファイドの蛍光色素を用いてイメージングを行う。また起炎物質であるカラギナンやCFAをマウス足底部に投与し、炎症部位のポリサルファイド量をLC-MS/MSで解析するなどである。マウスに用いるこれらの起炎物質は炎症発生メカニズムが異なることから別々の病態下のポリサルファイド動態を明らかにできる。なお炎症モデル以外にも糖尿病モデルや虚血再灌流によるしびれモデルでもTRPA1の関与が示されており、これらのモデルでポリサルファイド動態を調べることも想定している。 またH2SやNOの合成酵素阻害剤、あるいはポリサルファイドの消去剤であるグルタチオンやシステインの膜透過体を炎症モデルに適用することで、H2SとNOの病態下の意義を明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度はライブセルイメージングを主体として行ったが、蛍光顕微鏡などのハード面は完備されており、蛍光色素は譲渡されたものを使用するなど、大きな支出となるものは無く、予想より少ない支出で研究を遂行できた。繰り越し分はshRNA用プラスミドの作製やLC-MS解析の外注に充てるなどして、研究のスピードアップをはかりたいと考えている。また組織サンプル調整用の超音波破砕機やウエスタンブロット関連製品などは老朽化しており、新たにこれらの購入も予定している。
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