研究課題/領域番号 |
17K18465
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
郡司 幸夫 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (40192570)
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研究分担者 |
中村 恭子 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (00725343)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 創造性 / エンタングルメント / 主体性の起源 / 非局所性 / トリレンマ / 自由意志 / 統合失調症 / 自閉症 |
研究実績の概要 |
創造性を実装した意識のモデルという意味で、与えられた条件の内部で最適化を行いながらその外部に逸脱する意識のモデルを3つの形式でモデル化し、その芸術における実装と展開を構想した。第1のモデルは、条件の内側をベイズ推論、外側への逸脱を逆ベイズ推論で実装したモデルであり、兵隊ガニのような現実の動物がこの推論に従っていることを示せた。これについてはBioSystemsで論文が刊行された他、Philosophical Transactionから論文を招待された。また郡司はこれに関して2017年9月13日、国際シンポジウムCurrent status and future directions of Levy walk research, Wiston House, West Sussex, UKで招待講演を行い旅費の全てが支給された。同じく10月2日国際学会SWARM 2017, Kyoto University, Kyotoでも招待講演を行っている。第2のモデルは決定論・局所性・自由意志のトリレンマから導かれる意識のモデルで、これを外部世界の対象と脳内世界の表象の二項関係として実装することで、統合失調症、自閉症、定型者の意識を表し得るような3つの論理構造が得られることが示された。特に定型者のモデルは、部分系がエンタングルした論理構造を持っており、ここから「他者の能動性を略奪する受動的私」という創造性の原器が得られた。これについては12月9日、第1回共創学会・早稲田大学理工学術院にて基調講演を行なっている他、中村との共著論文が現在国際誌Foundation of Scienceに投稿中である。中村は、エンタングルした論理構造を時間の中で表現する日本画「風景を漁る者」を完成させ、招待されたシンビズム展(2018.2.24-3.18, 諏訪市美術館、長野県)で展示を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
第一に、研究実績の項で述べた二つのモデルに加え、第3のモデルを実装し、その予察的論文を完成させた。これは国際誌Entropyの招待論文として既に投稿してある。以上3つのモデルは、どれも共通の論理構造を帰結する。或る条件内部では全ての要素が互いに区別され、還元主義的な計算を実現するが、全ての要素が条件外部の全ての要素と繋がっているといった構造であり、内と外がもつれ合った関係(エンタングルメント;ETG)を示すものである。 本研究ではこのETGを、芸術作品の担う創造性と捉え、ETGと創造性、そこから構想される時間、生命、社会などについて研究者二人の対話を通じて論じている。この論考は、芸術的実装である中村の日本画作品と合わせた画文集として刊行される予定であり、現在出版二社の間で条件を詰めている他、英訳版の出版も予定している。ETGは主体と他者(外部)との間の受動・能動関係の非分離性を表す。ETGを一方の立場(内)から眺める時、外部は窺い知れないものの、内との相関を持つ何かとなる。我々はここから、自由意志を有する主体を、内にいる受動的主体が、間接的に知覚される外部の能動性を略奪することで構成可能と考え、主体の起源を説明し得たのである。受動と能動の不断の転倒・混同へ言及する議論は存在するが、これを何らかの形で実装・表現する理論は見当たらない。芸術こそ、それを表現してきたものである。本書は、様々な芸術をとりあげ、その分析を通して、受動と能動の転倒・混同が、潜在する他者・外部性の表現となり得ることを明らかにし、創造性の底にETGがあり、ETGを実装することで作品が創造されることを、中村の絵画作品を通して実証しているのである。本書の刊行は、当初の計画にはなかった予想以上の展開であり、芸術と科学の接続部で、創造性を内部と外部のETGとして解読する、世界初の理論書となるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
第1、第2、第3のモデルから常に量子論的構造(オーソモジュラー束)が得られることが判明し、我々が得た量子論的構造と、現在広く研究が進んでいる量子論的心理学の関係を、今後は理論的・実験的に進め、その意味での新たな芸術の転回を構想・実践する。脳科学の進展にともない量子力学を脳に適用しようという量子脳理論とは異なり、物理的実体と無関係に、人間の認知のモデルに量子力学の数理構造を使う量子論的心理学が2005年以降急激に進展した。その主な理由は、様々な論理積の誤謬、カテゴリー/決定課題の誤謬グッピー効果など、従来説明できなかった認知的誤謬を説明できるからである。しかし量子論的心理学の研究者自身が言うように、それは根拠を有しておらず、量子力学の数理構造を用いれば説明できるというだけの話である。我々はヒルベルト空間上で複素数を成分とする線形代数まで考えることは冗長であり、様々な認知的誤謬は我々が得た量子論的構造と古典論理の接続・相互作用だけから説明できると考えている。そこでその理論を完成させ、マクロな世界で成立するミニマルな量子論的構造の何たるかとその起源について解読することを第一の目的とする。第二の目的は、認知的誤謬のレベルで現前する芸術作品の実装である。量子論的構造がもたらす、内と外を分離的できない混合状態は、芸術において製作者(内)と鑑賞者(外)が織り成すことで創造する「想定外の外部=作品」を呼び込む装置(=通常考えるところの作品)である。認知的誤謬は、量子論的構造と古典論理との接続に起因するため、芸術作品としてもそのような接続を構想する必要がある。内と外の未分化な量子論的構造は、プラン(内)と実現(外)を分離したまま接続するマルセル・デュシャンの作品「泉」に例示される。量子論的構造と古典論理の接続を示唆するその後の彼の作品「大ガラス」を分析し、第二の目的を実現する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年に単行本の刊行が予定され、出版費用の一部を科研費から拠出することとなったため 繰越た
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