研究課題
本研究の目的は、計算機や人工知能をメタファーとする意識モデルの転倒に対抗し、創造性に基礎付けられた意識モデルを構築することにあった。それは、人工知能によってアートを実現しようとする風潮や、科学によって現代芸術を再解釈しよいうという近年の傾向に反し、むしろ藝術に基礎付けられた科学を指向することであった。この目的は、第一に、知覚できる情報を評価し自らを拡張する人工知能に対する概念として、天然知能を打ち出すことで実現され、講談社から「天然知能」として2019年書籍化された。本書において天然知能とは「知覚できない外部を待つ」知性と定義され、外部を待ち、外部を召喚する技術が様々な事例で示された。本書の評判は高く、毎日、朝日、読売、日本経済新聞の各紙が書評を掲載した他、朝日や産経では文芸時評でも紹介され、群像、ケトル、週刊朝日などの雑誌でも取り上げられた。天然知能の意識に関するモデルはfoundations of Scienceなどの国際誌で発表された他、外部を召喚するための群やネッワークのモデルも構築され、これらも国際誌で発表された。第二に、藝術に基礎付けられた科学や意識モデル、創造性について、共同研究者である中村恭子とともに、水声社から「TANKURI:創造性を撃つ」を共著で2018年刊行した。本書は中村の日本画と郡司および中村の論考で構成され、日本画の構想段階から作品に至る経緯を題材としながら、創造とは何かについて論じたもので、天然知能の藝術における実装を示したものになっている。本書も読売新聞で書評が掲載された他、刊行記念として京橋のギャラリーaskで中村の絵画や郡司の解説の展示会が催された。さらに創造性に関する議論はBrusselの国際会議でも発表され、その際中村の作品が展示された。本書は早稲田大学からの助成金によって英語に翻訳され、現在出版社と刊行に向けた準備が進んでいる。
1: 当初の計画以上に進展している
天然知能の継続・発展と、藝術に関する継続・発展の両輪を現在進めている。第一に天然知能の継続・発展であるが、天然知能(2019)の第7章では、自由意志・決定論・局所性がトリレンマを成していることを示し、量子力学と無関係にマクロな認知過程で非局所性が成立し、その上で一見矛盾すると考えられる自由意志と決定論が両立することを示した。現在、認知過程を外部世界の対象と脳内世界の表象・属性の間の二項関係で表すモデルを構築し、二項関係からラフ集合を用いて束という代数構造を得るとき、自由意志・決定論・局所性のどれを放棄するかによって三つの意識が得られ、各々が三つの代数構造として得られる理論を進めている。各々は、ブール束、オーソモジュラー束、チャイニーズランタンの直積で表される束になる。これについていくつかの論文を準備している。第二に藝術に関する継続・発展であるが、天然知能の第3章やTANKURI第11章で取り上げた、「奥行き知覚の向こう側」に対するモデルと藝術的実装の深化を進めている。人間の視覚にあって左右網膜像の差異を解消するべく奥行きが脳内で計算され、3次元的視界が形成されると考えられる。しかし我々が問題にしたのは、視界のその外部であり、見えない外部はわからないにも関わらず、やってくるものを待つしかない、という視界の向こう側である。TANKURIではこの向こう側を召喚する技法こそが、琳派の用いる書き割りのような山ではないかと示した。ここではその実装として中村が「書き割り少女」なる作品を準備中で、軽薄であるからこそ、実は自らを外部召喚の装置とする少女の存在様式を作品化している。郡司は、知覚できない向こう側を感じながら実施される、ベイズ・逆ベイズ推論モデルの天然知能版として準備中である。
第一に、天然知能の深化として以下を準備中である。認知言語現象では、論理積の誤謬、ボーダーラインパラドクス、グッピー効果、論理演算の順序効果など、古典的確率論では説明できない認知論理現象が知られている。近年、これらを説明するために量子力学の導入が進められ、かなりの成果が得られている。しかし量子論の物理的実態はなく、量子力学の構造を全て用いる意味が疑問視されている。天然知能の議論を基礎に、束上で確率を定義する時、これらの認知言語現象が全て説明できる可能性がある。すでに束上の確率は定義され、単調性などは証明され、論理演算によって確率空間自体が変化する理論も完成している。このモデルでは知覚できない部分についても影響を与える非局所性が重要な役割を果たしている。第二に、向こう側を垣間見る装置として、中村の出身地であるの下諏訪、諏訪大社の御柱際をテーマに日本画と、現代藝術作品の実装を実現する予定である。御柱は、世界の知覚できない向こう側に対する探索針である。特に中村は、図と地の双対的関係を無効にする絵画様式を考案し、御柱の四幅屏風絵を予定している。郡司は数千〜数万におよぶ個体で群れを形成するミナミコメツキガニが反応する御柱を構築し、現実のカニを用いたバイオアートを展開する予定である。そこでは、非同期的に運動するカニを模したロボットが配置され、現実のカニと御柱の相互作用を誘発する。また御柱と群れとの相互作用は、進捗状況でも述べた、ベイズ・逆ベイズ推論モデルの天然知能版によってモデル化されシミュレーションとしても実現される予定だ。「TANKURI:創造性を撃つ」同様、日本画とカニの群れを用いたんバイオアートのコラボレーションも、日本語の書籍や英語版の刊行を実現する予定である。これらは、科学が素朴な意味で席巻する現代藝術に、その反対勢力としてかなりの影響力を持つと、期待される。
端数について旅費の一部を自己負担するなどして解消したつもりだったが見落としていた今後、このような端数が出ないようにする
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