今年度は、脳神経倫理学の観点からの道徳的責任論を追求するために、パトリシア・チャーチランドの研究の検討を中心に研究を進めた。彼女は、制御 (control) という概念を中心に、道徳的責任が問える主体であるとはどのようなことかを脳神経科学の知見をもとに探求しており、新たな展開としては、特に私たちが意識できない無意識下での制御システムおよび、道徳的主体が社会空間で生活するためのスキル獲得の脳神経基盤に言及しつつ、報酬系の役割を道徳的責任の観点で再評価している点である。 この点を強調する意義は、私たちが道徳的主体であるとはどのようなことかを明らかにする有効な自然主義的なアプローチを提案している点だ。そして、私たちが道徳的責任を追及する上で、曖昧な基準しか設けられない状況を打破する1つの可能性を提示していると言うことができる。 こうした脳神経倫理学の知見と合わせて、本研究がもう一つの課題として検討している発達障害者への理解、配慮、そして教育の新たな展開の可能性を検討した。ここでは、実際に発達障害者の支援にあたっているカウンセラーとの情報共有や講演会での資料収集をもとに、自分自身の教育実践も反省しつつ、検討を行った。特に教育現場の現状として、組織の規模や個々の担当者の理解に応じて、配慮にばらつきがあり、組織として共通理念を持つことの困難さを認識することとなった。 発達障害者と道徳的責任に関する実験的研究として、リッチマンの実行機能に関する研究などの検討を中心に行ったが、心の理論の問題だけでなく、実際の遂行能力をどう捉えるかという点では、改めて責任に対してどのようなアプローチを取るのか、という点の重要性が確認された。
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