研究実績の概要 |
ウィリアム・アンダーソンの日本美術史概説書 (William Anderson "The Pictorial Arts of Japan", 1886)第1部から5章分の翻訳を進めた。一部は末松謙澄訳輔『日本美術全書 沿革門』(1896)と照合し,民族や統治,領土,日本美術の起源に関わる記述の省略や変換を確認した。日本古来の信仰の影響で古物研究が妨げられ,先住民研究が奨励されないなどの指摘は省略されるが,先住民のアイヌに関する最低限の記述は残されていた。 第Ⅰ章ではアイヌと縄文土器の記述に注目し,アンダーソンが参照した明治の考古学や人類学の研究を確認した。先住民について,エドワード・モースは大森貝塚の出土品にみられた食人の風習とアイヌの風習が相容れないことを理由に,アイヌ以前の人とするプレ・アイヌ説を唱えた。一方,ハインリヒ・フォン・シーボルトは父のアイヌ説を継承し,ジョン・ミルンも本州以南についてはアイヌ説を主張したが,当時のアイヌは既に陶器を作っていなかったため,アイヌ説には否定的な見解があった。こうした中,アンダーソンはアイヌ陶器の複製と大森貝塚出土品の装飾の形態・技法の共通点から縄文土器をアイヌの造形とみなし,その形態と装飾に優れた特質を見出していた。デザインには彼の評価基準である自然主義的要素が見いだせないにも関わらず,"freedom"(自由),"grace"(優美)と評価して記述している。 考古資料である縄文土器の造形に美を見出し,美術史に位置づけるようになったのは岡本太郎による評価以降とされており,19世紀の日本美術史概説書における記述の意義については,今後もさらなる検討が必要である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
1.翻訳の結果,考古学や人類学など自然史以外の関連分野の調査が必要となり,研究計画を見直した。 2.翻訳の分担調整が難航し,国内外の協力者多忙により想定していた協力を得ることができなかった。 3.調査先機関の都合や感染症拡大等により,海外調査と国内調査を延期した。
|
今後の研究の推進方策 |
考古学や人類学など関連分野の調査を追加して研究計画を見直し,補助事業期間を延長して翻訳を継続し,これまでの研究を総括する。 明治の考古学や人類学に関わる第Ⅰ章については専門外のため,研究資料として学術誌に投稿して専門家の査読を受けたい。第1部の他の章についても翻訳を継続し,これまでの研究で抽出した複数のキーワードに注目して,19世紀の学術分野との関連から記述を分析する。 なお,予定していた国内外の調査については,感染症の拡大により現段階では実施が難しい状況にあるため,現地の研究協力者に相談して状況をみながら慎重に判断する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
考古学や人類学など関連分野の追加調査および国内外での調査延期により,研究計画を変更して事業期間を延長したため,次年度使用額が生じた。 実施可能となった場合の調査旅費,関連分野の書籍資料購入,資料収集等のアルバイト謝金,修理したノートPCが不調のため購入を予定している。
|